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経済と人間の旅 [著]宇沢弘文

[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)

[掲載]2015年02月15日

[ジャンル]経済

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■効率より人を重んじた思想家

 宇沢弘文は経済学者の枠には収まらない。思想家と呼んだほうがふさわしい。ある時宇沢は「本来は人間の幸せに貢献するはずの経済学が、実はマイナスの役割しか果たしてこなかったのではないかと思うに至り、がく然」とし、そして確信する。「経済学は、人間を考えるところから始めなければいけない」
 米国の主流派が「人間疎外の経済学の必然的な帰結」となったのは「平等、公正といった社会的、人間的な含意をもつ概念は無視され、効率という経済的なもののみが、形式論理のわく組みの中で論じられてきた」からである。
 人間疎外の萌芽(ほうが)は66年、マクナマラ米国防長官が議会公聴会で「もっとも効率的な、経済的な手段によってベトナム戦争を行ってきた」と証言したときにあり、著者は「ことばに言いつくせない衝撃を受けた」。遡(さかのぼ)れば32年にライオネル・ロビンズが「経済学者は、目的の正当性について語る資格はない」と考えた時にすでにその予兆があった。
 その後の経済学の発展は、著者が71年に書いた新古典派経済学に疑問を投げかける論文や、ジョーン・ロビンソンの「経済学の第二の危機」講演での警告を無視し、「ケインズ以前の新古典派理論の復活」の形を取っていった。
 著者は90年夏、ローマ法王からの手紙をうけとり、翌年の新たな「レールム・ノヴァルム」(革命)のテーマとして「社会主義の弊害と資本主義の幻想」を提案し、採用された。直後にソ連が崩壊、今、格差を問題視するピケティの『21世紀の資本』が世界的ベストセラーとなって顕在化している。まさに宇沢の慧眼(けいがん)が証明されたのである。
 評者の臆測では、スウェーデン王立科学アカデミーは、たとえ受賞させたくても、混沌(こんとん)とする時代を憂いリベラルアーツや倫理学を重要視する宇沢には、ノーベル経済学賞を贈れなかっただろう。思想賞があれば別だが。
    ◇
 日本経済新聞出版社・2160円/うざわ・ひろふみ 28年〜2014年。経済学者。『近代経済学の再検討』

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