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旧満洲の真実―親鸞の視座から歴史を捉え直す [著]張シン鳳

[評者]赤坂真理(作家)

[掲載]2015年02月22日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■痛み伴い描いた美しき異形の国

 満洲国というものを、考えてみてほしい。善悪の判断は、ひとまず横において。
 1932(昭和7)年2月16日。「奉天(現・瀋陽)のヤマトホテルで『満洲建国会議』が開かれた。(中略)馬占山を除く出席者は、全員『満洲国建国案』にサインした。この会議で、満洲国の国名・元首・年号・国旗・首都・政体などが論議され」た。
 白紙から国のかたちを描き、つくる。「発明国家」アメリカでさえ、ここまでまっさらから国を描いてはいない。満洲国は民が国民になる近代の「国民国家」ではない。壮大な実験であり、最初から“近代の超克”を夢想した。それはある種の「偉業」であり「異形」である。その観点からの満洲国研究は、むしろ欧米でさかんなのだと、研究者に聞いたことがある。
 著者は、母親が満洲映画協会でタイピストをしていたため、幼い頃から満洲国や甘粕正彦のことを聞いて育った中国人女性。長春に生まれ、青春期と青年期は文化大革命の中。文化大革命時には自身は加害者でもあったと告白する。
 物語は、2010年に著者が故郷の長春(満洲国・新京)に帰省したところから始まる。上からみれば、さながら黒い大地の一塊の翡翠(ひすい)、大地に立てば、満洲国由来の堂々たる街路、中国の人々もこの街を愛する。
 そして、読者の眼前に繰り広げられる歴史記述。日本がおそらく無自覚に深入りした、国・共・日の「新三国志」。壮絶ながら淡々と進む。蒋介石の粘り強さ、国際世論を味方につけることに成功しながら犠牲に苦しむ姿。満洲国と日中の火種をつくりながら、それを止めようともした石原莞爾。戦術以前の問題で兵士を死に追いやる日本軍。国・日が共に疲弊するのをゲリラ戦で待つ共産党・毛沢東、後に想像を絶する数の同胞を死に追いやりながら、自分では一人も殺さない支配者。人殺しのレッテルとは裏腹に優しい甘粕正彦。両親の話、そして著者自身……。大きな話と小さな話が交錯する。
 植民地に育った人が、現地側であれ宗主国側であれ、独特の陰影と複雑さを帯びた文章を書くことがある。誤解を恐れず言うが、私は、そういう文章が好きだ。
 痛ましくはあるが、美しいものがある。本当に美しいが、痛みが付随していなかったらと願わずにいられない、しかしあの痛みや悲惨がなかったところにこの美はなかったろう。そんな気持ちは、人に簡単に善悪を語らせない。そして、そのように、信じがたいほどに重いものを抱えながら生きていく人がいることに、読者は不思議と励まされ、慰められる。
 そのような深い作用を人に持つ本を、文学というのだと私は思う。
    ◇
 藤原書店・2376円/チャン・シンフォン 中国・長春生まれ。文化大革命の後、下放。農村教師・工場労働者を経て、大学に入学。中国文学専攻。後に独学で日本語を学ぶ。日本文学の翻訳に取り組む中で親鸞思想と出会う。著書に『中国医師の娘が見た文革』。

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