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教団X [著]中村文則

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)

[掲載]2015年03月01日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■思索と欲望、人間の底抉る戯画

 狭義の「文学」の範疇(はんちゅう)には留まらない話題作、問題作を連発している中村文則だが、彼のキャリアにおいて最も長大なこの小説は、極めつきの問題作と言っていいだろう。
 とつぜん消えてしまった恋人、立花涼子の行方を追って、楢崎(ならざき)透は松尾正太郎という人物を教祖とする新興宗教の拠点を訪れる。松尾は一風変わった老人で、哲学と宇宙論と脳科学が入り交じったユニークな説法で信者を集めていた。楢崎は松尾の教えに興味を抱くが、涼子はすでにそこには居なかった。確かに以前は出入りしていたが、彼女は実はもうひとつの宗教、松尾と旧知であるらしい沢渡という男が教祖のカルト教団「教団X」のスパイであり、何人かの松尾の信者を引き連れて今は沢渡のもとに戻っているというのだ。程なく「X」の方から楢崎は接触され、教団が所有するマンションに連れていかれる。そこで彼を待っていたのは、時間感覚さえ失われるほどの性的な快楽の日々だった。「X」は一種のセックス教団であり、公安にもマークされている。楢崎と涼子、そして「X」に所属しつつ秘密の計画を進めようとしている高原、松尾の信者でありながら高原を深く愛してしまった峰野、以上の四人の男女を軸に、物語は展開してゆく。
 松尾は「思索」を、沢渡は「欲望」を象徴している。だが二人(の教え)は対立しているわけではない。むしろ思索と欲望がお互いに、否応無(いやおうな)しに貫通し合うさまが、ここには描かれている。中村文則の小説の登場人物は、混乱と苦悩に責めさいなまれながらも、こと重要な場面になると、直情や本能に進んで身を任せるようにして、みずから過激な運命へと飛び込んでゆく。楢崎たちも例外ではない。その行動原理は奇妙なまでに切羽詰まっていて、時として戯画的でさえある。だが、この戯画は「人間(性)」の底を抉(えぐ)っているのだ。
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 集英社・1944円/なかむら・ふみのり 77年生まれ。「土の中の子供」で芥川賞、『掏摸(スリ)』で大江健三郎賞。

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