イスラーム国の衝撃 [著]池内恵

[評者]荻上チキ(「シノドス」編集長・評論家)  [掲載]2015年03月01日   [ジャンル]国際 

表紙画像 著者:池内 恵  出版社:文藝春秋

■あおりには分析、渦巻く情報整理

 中東関連のニュースと言えば、テレビでは数字も取れず、雑誌の特集も注目されない状況が続いてきた。が、「イスラム国」(以下IS)の日本人人質殺害事件は状況を大きく変えた。日本人を狙うテロ集団はどんな存在なのか。今、中東で何が起きているのか。社会的関心が一気に高まった。
 事件の背景をわかりやすく解説してほしい。そんな需要に応えるように、IS関連の書籍が一挙に刊行された……のだけれど、急ぎ足でつくったような本も多く、当たり外れがあまりに激しい。そうした中、群を抜いて光る良著が『イスラーム国の衝撃』だ。著者の池内恵氏による長年の研究成果を新書サイズにまとめたもので、ISの成り立ち、思想や主張、広報戦略、戦闘員の実態、過去の活動歴などを、多角的に議論している。読みやすく、それでいて深い。まずは本書を熟読したうえで、セカンドオピニオンとして2冊目を探すのが吉だろう。
 本書ではISの台頭を、〈政治的要因〉と〈思想的要因〉とに分けて説明する。「アラブの春」以降、各地の既存権力の弱体化が進んだ一方で、「統治されない空間」があちこちに生まれたという〈政治的要因〉。現在の国境線の引かれ方を否定し、ジハードによって彼らなりの理念を達成させようとする、イスラム過激派の〈思想的要因〉。それぞれの要因が折り重なる格好となり、ISが台頭することとなった。
 9・11以降の「対テロ戦争」は、確かに過激派勢力の力を奪っていった。しかし過激派勢力は、自律分散型のネットワーク型組織へと転換。共鳴する小規模組織や個人をつなげ、おのおのの「個別ジハード」を「グローバルジハード」へと結合させていく。そんな中でISは、イラクやシリアなどの一部地域を制圧。「国家」樹立および、全世界のイスラム教徒の政治的主導者を規定する「カリフ制」復活を一方的に宣言し、世界に衝撃を与えることとなる。対して米国覇権は希薄化し、地域の流動性はますます高まっている。
 ISはメディア広報に力を入れ、各国から不満層をリクルート。実際には欧米出身の戦闘参加者は少数だが、広報動画に出演させるなどしてメッセージ性を高めている。こうしたプロパガンダからは、メディアも冷静に距離をとる必要がある。「過剰反応」によって敵意を醸成し、少数者を迫害するなどして人権思想を自ら傷つけるようなことをすれば、テロリストの企図に加担することになると本書も警告する。「あおり」には「分析」で応じるべきだと言わんばかりの本書のスタンスは、錯綜(さくそう)する情報の渦に酔ってしまった私たちにうってつけだ。
    ◇
 文春新書・842円/いけうち・さとし 1973年東京生まれ。東京大学先端科学技術研究センター准教授。専門はイスラム政治思想。2002年、『現代アラブの社会思想』で大佛次郎論壇賞。09年、『イスラーム世界の論じ方』でサントリー学芸賞。

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