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道徳性の起源—ボノボが教えてくれること [著]フランス・ドゥ・ヴァール

[評者]萱野稔人(津田塾大学教授・哲学)

[掲載]2015年03月01日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■人間と他の霊長類の連続性

 人間の思考というのはきわめて自己中心的にできている。地動説を人間がなかなか受け入れられなかったのはその一例だが、いまでも人間を生物のなかで特別な存在だとみなす考えは根づよい。なぜ特別な存在だとみなされるのかといえば、それは人間が他の生物とは異なり、理性や意志によってみずからの本能や欲望を制御できると考えられているからだ。ひとが本能や欲望のおもむくままに行動すれば「獣(けだもの)のよう」だといわれる。つまり、他者との調和や秩序のために本能や欲望を制御するという道徳性こそ、人間を特別な存在だとみなす大きな根拠となっているのだ。
 しかし、その道徳性は私たちが思っているほど人間固有のものではないことを本書は明確に示す。本書を読むと、人間以外の動物がいかに共感能力にすぐれ、欲望を制御し、利他行動をとるのかに驚かされるだろう。とりわけ人類の仲間であるボノボやチンパンジーといった霊長類は他者を気づかう行動をとるだけでなく、傍観することもできる他者同士の諍(いさか)いを仲裁するなどして、自らのコミュニティーの調和にも配慮する。たしかに人類の知性は生物のなかで卓越している。しかし道徳性にかんしては他の霊長類との強い連続性にあるのだ。
 このことは、人類が類人猿と分化してきた進化のかなり早い段階で道徳的な感情を発達させてきたことを示唆している。道徳は人類の生態的な特性からうまれてきたのであって、けっして理性や啓示によってうみだされたものではないのだ。逆に宗教のほうがそうした道徳感情に立脚して発達してきた。もちろん、だからといって宗教の価値が低下するわけではないと本書はいう。宗教はさらにその道徳性を個別の利害をこえた普遍的基準へと高めることに寄与したからだ。人間という存在を私たちが自己認識するために不可欠で、かつ本質的な論点を本書は提供している。
    ◇
 柴田裕之訳、紀伊国屋書店・2376円/Frans de Waal 48年生まれ。米エモリー大学心理学部教授。

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