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「講談社の絵本」の時代—昭和残照記 [著]永峯清成

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2015年03月08日

[ジャンル]歴史 社会

表紙画像

■克明な記憶、驚異的な観察力

 「講談社の絵本」は昭和11(1936)年、僕の生誕年に創刊、翌12年には年間45冊と驚異的な刊行数に達した。当時の一流画家を総動員、子供の絵本ではこれ以上の贅沢(ぜいたく)はない。企画においても国家的事業並みで昭和16年まで年間30〜40巻の刊行を続けていたが、太平洋戦争勃発翌年の17年、突如休刊する。
 真珠湾攻撃で国中が戦勝ムードに沸き立ち、「講談社の絵本」も一気に刊行数が跳ね上がるはずだった。なぜなら17年、ミッドウェー沖海戦でも大勝利が伝えられたからで、休刊は腑(ふ)に落ちなかった。しかし現実は、日本軍の大惨敗を大本営が秘匿したのだ。
 この時、「絵本」の休刊とミッドウェーの捏造(ねつぞう)された勝利の関係に疑問を抱いた者がいなかったはずがない。休刊が日本の敗戦の予兆だったという事実を国民の前に黙殺しなきゃならないほど日本の戦況は悪化の途にあった。
 以上は、本書の主題ではない。著者は僕より4歳年長だけあって、この時代の様相をまるで鈴木御水の細密ペン画を見るように実に克明に記憶・記録している。著者の関心は幼児の頃から歴史画にあり、「絵本」の「国史絵話」全作を驚異的な観察力によって描写する。ついでに言うと僕の「絵本」への興味は、幼かったせいか神話とお伽噺(とぎばなし)が中心だった。
 著者は後に歴史家に、片や僕は物語的画家(?)。本書は「講談社の絵本」の「時代」を歩みながら、幼少年期のまだ平和で豊かな戦前の美しい「日本の故郷」という原風景を表層から無意識まで博覧強記的に掘削し、今や歴史の記憶から忘却されつつある僕たち後期高齢者のみが魂で体感したあの「昭和」の時代をもう一度、「残照」の中で蘇(よみがえ)らせてくれるのである。
 人は老齢と共に、初原的な魂の故郷を終(つい)の住処(すみか)にしたがる。本書は戦争を知らない世代の人たちにはどう映るのだろうか。
    ◇
 彩流社・2052円/ながみね・きよなり 歴史作家。『楠木一族』『上杉謙信』『ハポンさんになった侍』など。

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