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寝ても覚めても夢 [著]ミュリエル・スパーク

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2015年03月15日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■映画監督の周囲はハチャメチャ

 有名映画監督を主人公にした映画制作の現場に巻き起こるスラップスティックな事件の数々は監督を核に網の目のように、連鎖的に周囲の人間を巻き込みながらあらぬ方向に「物語」を展開させ、撮影中にクレーンから墜落して瀕死(ひんし)の重傷を負った監督が病院で打たれた麻酔剤からまだ覚めず、夢と現実の狭間(はざま)が永遠のように続く境域で妄想の虜(とりこ)となって読者をシュルレアリスム的世界にナビゲートするその手法はまさに映画的だが、とっちらかった断片を引きずりながら映画のような虚構的現実をかいま見させてくれるその常套(じょうとう)手段には騙(だま)されませんよと著者スパークさんに伝えたいと思いながら、でもこの先はどうなるの?と気になって本書の訳者あとがきを盗み読みしたら、なんと見事な内容紹介と、これぞ書評のお手本というような文に触れた私は書評をする自信を失い、わが無力さに愕然(がくぜん)としながらも、この物語の登場人物を俯瞰(ふかん)してみると、なんとなんとひとりの人間に宿る多面性の縮図であることに気づき、登場人物全員が「私」なんではと思い当たったとたん、人の中に棲(す)みつく魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跳梁(ちょうりょう)し、まるで悪霊に踊らされている、そんな人間図鑑の中にひとり監督は冷静な視点を、かと思うと妄想家にも早変わりする、悪魔と芸術神の手の中で、ハチャメチャな場面をスパークさせるスパークの映画的手法に喝采、でもあなたは英国きっての名監督、有名女優と寝ることしか頭にないとは情けない、だからロクでなしの我が娘(こ)に振り回され、おかげでこの小説は面白くなるのだが、一方、聖女のような監督夫人に身辺をまかせ切り、自由な芸術家気取りのつもりが、実は監督さん、あなた以上にあなたの夫人はあなたに知られず、実は不透明な悪徳人間かもしれませんぞ。
 「寝ても覚めても夢」。だからこそ人間は生きていけるんですよネ。
    ◇
 木村政則訳、河出書房新社・2052円/Muriel Spark 1918〜2006。現代英国の代表的詩人・作家。

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