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ヒトラーと哲学者―哲学はナチズムとどう関わったか [著]イヴォンヌ・シェラット

[評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)

[掲載]2015年03月22日

[ジャンル]人文

表紙画像

■言葉生み出す行動にも責任を

 冒頭に哲学はドイツの文化の象徴であり哲学者は名士であるとの言葉が出てくる。これまで精査されてこなかったナチスと哲学者との関係に著者が切り込んだ背景には、まさにこのような理由があった。ドイツ人の想像力に甚大な影響を与えてきたのは紛れもなく哲学者だ。ならば彼らがナチに如何(いか)なる態度で接したのかを検証することは、ドイツそのものを浮かび上がらせる作業となるだろう。
 第一部ではヒトラーに協力した哲学者の振る舞いが詳述され、第二部ではヒトラーに屈せず抵抗し、亡命や処刑といった憂き目にあった哲学者の苦悩と悲劇を描いている。衝撃が大きいのは第一部、特にシュミットやハイデガーといった大物がナチに魂を売り渡していった経過であろう。
 当初はナチに反対していたシュミットは国内の哲学界が国民社会主義支持を鮮明にするうちに総統に忠誠を誓うようになり、反ユダヤ主義的傾向を露(あら)わにしたという。二十世紀の最大の哲学者ともいわれるハイデガーの場合、ナチとの結びつきはさらに深刻だ。フライブルク大学の総長就任演説で軍人服を身にまとい、鉤(かぎ)十字の旗がはためくなか、自ら学術機関の新総統と称したというその姿を想像すると、ゾッとするものがある。
 言葉というものが思考と経験を通じて生み出されていくものならば、知識人はその母体となる行動にも責任を負わねばならないことになる。著者は、戦争が終わりナチの犯罪が断罪されるなか、自らの恥ずべき過去に蓋(ふた)をして、ずる賢く責任逃れに立ち回った哲学者たちを厳しく非難する。そして最終的にその矛先はシュミットやハイデガーの業績をたたえ、その過去を免罪しようとする現代の知的潮流にも向かう。
 学術的にどのような業績があっても行動に内実が伴っていなければ言葉は空疎なものとなる。行動と知の関係に一考を促す好著といえる。
    ◇
 三ツ木道夫・大久保友博訳、白水社・4104円/Yvonne Sherratt 英ブリストル大学上級講師。



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