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民のいない神 [著]ハリ・クンズル

[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)

[掲載]2015年03月29日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■場所のサーガ紡ぐ地球文学

 インドの血を引くイギリス作家、ハリ・クンズルの長編が面白い。舞台はいかにもアメリカらしいアメリカ、カリフォルニア州南部の砂漠である。そこに映画「未知との遭遇」に出て来たデビルズ・タワーのようにミステリアスな「ピナクル・ロック」という3本の尖塔(せんとう)状の岩山がある。
 2段組みの小説はこの岩山を巡って1947年(大戦時に飛行機の整備士だった男がそこに来る)、2008年(イギリスのロックミュージシャンがバンドに嫌気がさして近くのモーテルに居つく)、1958年(ニューエイジ宗教団体はそこでUFOと交信しようとする)、2008年(インド人金融エンジニアで自閉症の息子を持つジャズがうっかり紛れ込んでしまう)、はたまた1920年(保安官と先住民とがそこで軋轢(あつれき)を起こす)といった具合に時代を行き来しながら進む。
 筆致やテーマのサブカルチャー性にピンチョンやデリーロを感じる人もいるだろう。私はボラーニョやウエルベック、さらにインド系アメリカ人のシャマラン監督作品にも通じる奇怪でユーモラスで人間の奥底にある意地の悪さを描く力量に引き込まれた。
 作者はこの“場所のサーガ”と言ってもいい魅力的な物語群を次第に交差させて語りわけながら、アメリカという土地と歴史を多民族的にとらえ、イラク人少女や主人公的なインド系金融関係者、その妻であるユダヤ系アメリカ人を通して、ひとつになれない国の緊張を正確に書く。
 もし多民族国家アメリカ、ひいてはこの地球の人類をひとつにするとしたらそこに超越的な視点が必要で、ピナクル・ロックが常にそうした神秘性を秘めて人々を惹(ひ)きつけるのも理解出来る(だからこそ、そこが反発を強める場所であることも)。
 きわめて娯楽的でもありながら政治的でもあり、SFにして新しい地球文学でもある本作は何かへの扉だ。
    ◇
 木原善彦訳、白水社・3132円/Hari Kunzru 69年ロンドン生まれ。現在はニューヨーク在住。

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