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成瀬巳喜男 映画の面影 [著]川本三郎

[評者]萱野稔人(津田塾大学教授・哲学)

[掲載]2015年03月29日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■目立たなさこそが魅力、実力

 よい映画論とはどのようなものだろうか。理論的に、もしくは美学的に、深く映画を分析していくのも映画論のひとつの方向性かもしれない。しかし、対象となっている当の映画をみているような心地よさで読み進めることができる映画論というのも、よい映画論のひとつのあり方にちがいない。
 本書はそんな映画論の見本のような本である。成瀬巳喜男の映画について論じる川本三郎の文章には、まさに成瀬巳喜男の映画をみているような心地よさがある。そこには気張ったところがまったくない。映画の内容や制作上のエピソードなどを紹介しながら、成瀬映画の魅力がどこにあるのかを、本書は大げさな物言いは決してせずに語る。
 成瀬巳喜男の映画もそうだった。女性を主人公とした恋愛映画を数多くつくりながらも決してメロドラマにはおちいらなかった。号泣や絶叫、大仰な悲しみといった、メロドラマにありがちな誇張された演出を排し、熱演しようとする役者をおさえて、できるだけ静かに演技をさせた。芸者を主人公にする場合も、そこで描かれるのは華やかな生活ではなく、金策に腐心したり、落ちぶれた昔の男に金を無心されたりする芸者の姿である。
 成瀬巳喜男は、溝口健二や小津安二郎、黒澤明といった日本映画の巨匠たちと比べるとどうしても影が薄い。たしかに地味な作風のもとで貧乏を好んで描いた成瀬の映画には、溝口のような絢爛(けんらん)さや黒澤のような派手さはないかもしれない。しかし、その目立たなさこそが成瀬映画の魅力であり、また彼の映画監督としての実力でもあることを本書は示す。成瀬の映画にも黒澤の映画にも出演した俳優の仲代達矢は、黒澤が「最も尊敬しているのは成瀬さんだ」といっていたと証言している。そんな目立たない成瀬の魅力と実力を追体験させてくれる、すばらしい映画論だ。
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 新潮選書・1296円/かわもと・さぶろう 44年生まれ。評論家。『荷風と東京』『林芙美子の昭和』など。

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