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オートメーション・バカ―先端技術がわたしたちにしていること [著]ニコラス・G・カー

[評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)

[掲載]2015年03月29日

[ジャンル]政治 社会

表紙画像

■機械任せで加速度的に能力が劣化

 ネット検索、スマホにカーナビ。近年、加速度的に進化する情報技術により我々の生活は大きな変貌(へんぼう)をとげた。だが変わったのは生活だけではない。あらゆる作業が自動化(オートメーション)されることで我々自身も大きな変化の波を受けている。
 その変化とは端的に言って人間の能力の劣化だ。本書にはいくつもその象徴的な例が紹介されている。例えば自動操縦機能の進化で手動操縦できなくなった飛行士、GPSの登場により自力で旅ができなくなったイヌイット、決定支援ソフトに診断を仰ぐようになった医師などである。
 能力の劣化は我々が行為をしなくなり、世界と関与する機会が失われることでもたらされる。昔の飛行士は操縦桿(かん)を握ることで機体を直接動かす感覚を持てた。世界に働きかけると必ず反応があり、その反応が思考、感性、技術を磨く生成効果をもたらした。ところが操縦が自動化され、世界と関与しなくなることでその効果を喪失した。自動化は我々と世界との間に壁を作り、自分では何もできない薄い人間ばかり生み出すのだ。
 何も難しいことを言っているのではない。あなたも携帯が登場するまで知人の番号を何件も記憶していたはずだ。しかし今はきっと妻の番号も覚えていないだろう。もちろん私も覚えていない。
 確かに人類は原始より石器や土器など様々な道具に労働を代行させてきたが、それは筋肉機能の代替にとどまっていた。しかし情報技術の進展により機能の代替は知的領域にまで及んでいる。記憶、判断、思考、欲望、そして今では道徳に関する判断まで我々は機械任せにしつつある。
 本書を読むと次の疑問を抱かずにいられない。はたして人間はいつまで人間でいられるのか? この傾向が進むと、いずれ脳内に入出力されるあらゆる情報は自動化され、人間は脱身体的存在となるだろう。だが、それが人間と言えるのだろうか、と。
    ◇
 篠儀直子訳、青土社・2376円/Nicholas G.Carr 著述家。『クラウド化する世界』『ネット・バカ』ほか。

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