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遊廓のストライキ—女性たちの二十世紀・序説 [著]山家悠平

[評者]中村和恵(詩人・明治大学教授・比較文学)

[掲載]2015年04月05日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■労働者としての娼妓の姿

 1920年代から30年代初め頃、日本各地の遊廓(ゆうかく)で、娼妓(しょうぎ)の逃走やストライキが頻繁に起きた。彼女たちはなにを求め、いかに、どんな気持ちで闘ったのだろう。新聞雑誌の記事や投稿、娼妓の日記や聞き書き等から、実態を探っていく。学術論文を元にした本だが、文章はわかりやすい。大正から昭和初期の、揺れ動く法律や国際情勢、社会思潮に左右される、労働者としての娼妓の姿が浮かび上がってくる。
 過去の日本の公娼制度の実態を具体的に知ることは、現在の日本の足元を照らすことでもある。1872年の芸娼妓解放令布告が外圧によるものだったことは、いま改めて一考に値する。「解放」後の娼妓登録は「自由意思」によるものだ、という建前も。
 実態とかけ離れたこの建前は、しかし「自由廃業届」が受理されれば娼妓をやめられる、という希望も生んだ。その方法を新聞や雑誌に学び、怒れる娼妓たちは逃亡や待遇改善を求めるストライキを、大胆に実行に移していく。そう、彼女たちは怒っているのだ。いやな稼業に、腐った飯に、暴力と搾取と横領に。
 1931年末、3600人以上の娼妓を抱える大阪・松島遊廓でのハンスト騒動の模様には、思わず笑ってしまった。政治家に経営陣、娼妓と婦人同盟が入り乱れ大乱闘、そこに労働運動の争議団が駆けつけ、ワッショワッショ、命がけのお祭り騒ぎ。
 廃娼運動家の目標は廃娼。しかしやめられない事情を抱えた娼妓たちの多くは、待遇改善を第一に掲げる。廃娼運動家の「賤業(せんぎょう)視」は娼妓たちを「人間から除外」するものと批判した伊藤野枝の意見には、いまも賛否両論あるだろう。ただ、娼妓たちに気概と希望があったことは確かだ。
 切り抜きで格子窓を模した二重の表紙カバーを外すと、着物姿のおねえさんたちが大勢、両手をあげ、わーいと笑っている写真が現れた。
    ◇
 共和国・3456円/やんべ・ゆうへい 76年生まれ。大手前大学学習支援センター勤務。専攻は日本近代女性史。

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