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西太后秘録―近代中国の創始者(上・下) [著]ユン・チアン

[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)

[掲載]2015年04月12日

[ジャンル]歴史 政治 社会

表紙画像

■「悪役」の像崩し、人間性浮き彫り

 20世紀初頭までの中国の歴史のなかで、女性が皇帝となったのは武則天(則天武后)しかいない。だが、19世紀から20世紀にかけての清末の時代、事実上の皇帝の座に40年近くも君臨し続けた一人の女性がいた。慈禧太后(じきたいこう)、すなわち西太后である。
 従来の評価では、西太后は「悪役」とされてきた。明治維新以来急激な近代化を進めた同時代の日本とは対照的に、離宮である頤和園(いわえん)再建のため巨額の予算を流用して日清戦争の敗北を招いたばかりか、光緒帝(こうしょてい)の支持のもと、康有為(こうゆうい)や梁啓超(りょうけいちょう)により進められた政治改革「戊戌(ぼじゅつ)の変法」も挫折させた。しかし本書によれば、西太后の頑迷なイメージは、彼女の死後に中国を共和制にした勢力によって作り出された虚像にすぎない。「戊戌の変法」を提言したのは西太后であり、晩年には立憲君主制を導入するなど「中華」の伝統から決別しようとしていた。この点では彼女こそが、近代中国の創始者にほかならないというのだ。
 中国、台湾、欧米での史料収集や膨大な参考文献に基づく学説のフォローなど、著者が本書に傾けた精力を否定するつもりはない。だが本書には、これまで「クロ」とされてきた人物を「シロ」に覆そうとするエネルギーが、いささか過剰なように感じられる。例えば、著者は「戊戌の変法」を指導したとされる康有為を、「野狐(のぎつね)」と呼んではばからない。さらにエピローグでは、唐突に毛沢東が言及され、西太后の失敗による損害は「毛沢東が国家に負わせたそれに比べたら何十分の一にも満たない」と断言される。最後にこうした文章を読まされると、本書を書いた真の目的はどこにあったのかという疑念すら湧いてくる。
 本書が解明した西太后の人物像は、決して近代中国の創始者に収斂(しゅうれん)されるわけではない。その人物像は、近代日本の皇后や皇太后と比べてみると、実に興味深い。日清戦争では朝廷でただ一人戦争の継続にこだわり、義和団の乱でも奇跡を信じて連合軍に宣戦布告した。これは太平洋戦争における皇太后節子(さだこ)(貞明皇后)の態度に似ていなくもない。光緒帝を幽閉することで皇帝が祭祀(さいし)を行う天壇に行けなくなり、天の怒りを買うのを恐れていたところも、祭祀に執着した節子を彷彿(ほうふつ)とさせる。
 西太后は近代化を進めても、自らの前で官吏を跪(ひざまず)かせる礼式を変えるつもりはなかった。運転手が跪かず、座ったままの自動車に乗らなかったのはこのためである。日本の皇室に比べれば、しきたりの壁はあまりに厚かった。本書の面白さは、著者自身の意図に反して、西太后の生身の人間性を浮き彫りにした個々の文章にこそ求められるべきだろう。
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 川副智子訳、講談社・各1944円/張戎(Jung Chang) 52年、中国四川省生まれ。紅衛兵を経験後、農村に下放。鋳造工などを経て四川大の講師に。78年に英国・ヨーク大へ留学。著書『ワイルド・スワン』、共著『マオ 誰も知らなかった毛沢東』など。


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