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くりかえすけど [著]田中小実昌

[評者]大竹昭子(作家)

[掲載]2015年04月12日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■しなやかさと頑迷さが混交する

 エッセイと小説の違いはどこだろう。一つは現実からの離陸度ではなかろうか。
 本書は田中小実昌の単著未収録の10作品を収めたものだが、いわゆる小説的な筋はなく、エッセイと呼ばれるものに近い。冒頭の「アセモの親玉」は「食事をしてると、目の前で、なにかがひらひらした」とはじまる。そこから食事に使っている洋裁机のこと、汗っかきなこと、母が「アセモの親玉」という言葉を使ったことなどがイモヅル式に出てくる。著者も言う通りの「だらだら調子」だが、読むうちに時間感覚がおかしくなるような不安感が襲う。
 田中は旧制高校在学中に召集された学徒出陣の最後の世代だ。「軽列車と旅団長閣下」は夜間の斥候中、誤って軽列車に乗車中の旅団長にションベンを引っかけた話。「列車」とは名ばかりの乳母車のような乗り物が夜中にからからと走ってくる様子をくりかえし語り、それに放尿した心理を理屈っぽく分析する。
 戦地の苦しさや悲惨さをそのまま言葉にはしない。戦争を扱ったどの作品もそうだが、今回、「アセモの親玉」に続けてこれを読み、時間がばらばらになったり、ある事柄だけが屹立(きつりつ)してしまうようなこの不安感は、戦争体験と無縁ではありえないと感じた。
 とりわけ、彼のように無意識の働きに任せて書くなら、体験のすべてが地下水のように染みだし、エッセイと小説の境界はおのずと消えるだろう。「くりかえすけど」を何度も使って「だらだら調子」に楔(くさび)を打ちながら、簡単にはケリのつかない記憶の迷路を石橋を叩(たた)くように進んでいく。しなやかさと頑迷さが混交した稀有(けう)な文章は、こうしか書けないゆえに現実からの離陸度も高い。
 本書は新シリーズ「銀河叢書(そうしょ)」の一冊。同じくオリジナルな文体をもつ小島信夫の『風の吹き抜ける部屋』が同時刊行、その中の「コミさん」についての2作も必読だ。
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 幻戯書房・3456円/たなか・こみまさ 1925〜2000。作家・随筆家・翻訳家。『ポロポロ』など。


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