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狩り狩られる経験の現象学—ブッシュマンの感応と変身 [著]菅原和孝

[評者]中村和恵(詩人・明治大学教授・比較文学)

[掲載]2015年04月19日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■人間と動物の対等な駆け引き

 南部アフリカのボツワナに住む、通称ブッシュマンの一集団グイは、時代の変化にさらされながらカラハリ砂漠で動物を狩り、ときには逆に狩られ、それでもつねに動物を「おもしろがり」、動物について語り継いできた。その様子を30年以上見つめてきた文化人類学者が、狩人たちが語る動物神話や狩猟経験などを紹介し、解釈し、かれらと共に過ごした自らの経験や、先行研究の成果を織り交ぜて考え、論じていく。
 人間と動物の関係論は「いまや西洋と日本にまたがる知の流行」だが、元々キリスト教に根ざした西欧思想は動物と人間を峻別(しゅんべつ)してきた。その二元論を超越しようとする近年の思想潮流にも、ときに自然を人間側の都合で理想化する危うさがある。他方グイは動物を人間と対等とみなす。罠(わな)をかけて動物を騙(だま)すが、ハイエナも人間を騙し獲物を奪う。ライオンとの勝負は怖いが、まさに腕の見せどころでもある。グイと動物たちは互いの出方を知っていて、一定の方法で「駆け引き」を行っている。その意味では狩りも一種の「コミュニケーション」なのだ。
 ヴィヴェイロス・デ・カストロやティム・インゴルドほかの先行研究を批判的に分析する序章は、人によっては後回しにしたほうがわかりやすいかも。現在の文化人類学の動向を問う終章には異論もあるか。などと考えながら入りくんだ議論を追ってしまう、その牽引(けんいん)力は「世界をいかに記述すべきか」という問題にまさに心身を傾けていく著者の思いのつよさだろう。いつもの生活を離れ、遠く異なる社会の他者に近づいていく。かれらの目を追い、知り得たことを持ち帰り、自分のことばで伝えようと試みる。そのとき、自明だったはずの見慣れた世界もまた、問い直されなくてはならない。あえて自らの足元を危うくして世界の語り方を探る思索者の、熱が伝わる。
    ◇
 京都大学学術出版会・4968円/すがわら・かずよし 49年生まれ。京都大学名誉教授。『ことばと身体』など。

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