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誰をも少し好きになる日—眼めくり忘備録 [著]鬼海弘雄

[評者]三浦しをん(作家)

[掲載]2015年04月26日

[ジャンル]社会

表紙画像

■ひとの根源に光を当てる魔法

 シャッターを押せば、私でも写真は撮れる。しかし、「真実を写す」ことはできない。写真家・鬼海弘雄氏の作品を目にするたび、本当の意味での「写真」とはなんなのかが感受される。氏の写真には、圧倒的な静謐(せいひつ)と不穏が、被写体の魂の底にやわらかく触れるような眼差(まなざ)しが、生と死が宿すパワーが、二度と巡り来ぬ永遠の一瞬が、たしかに刻みつけられている。
 氏はまた、エッセーの名手でもある。硬質で淡々としていながら、そこはかとないユーモアも漂っているのは、氏の写真と同様だ。本書は、鬼海氏の写真と文章を併せて味わえる随想集だ。
 氏の文章は、時代も国も超えて自在にさすらう。子どものころに見たサーカスの思い出。インドの宿に住む老犬が、歩くときにたてる爪の音。浅草で何度も写真に収めた、忘れがたいひとにまつわる物語。ものすごく細部までピントが合っているのだが、霧のなかに佇(たたず)むような、湿度に似た気配が濃厚に漂ってもいる。決して感傷に流れぬ筆致がやみつきになり、心地よい高揚を必死に抑えつつじっくり読んだ。
 そうか、氏は「目」がいいんだ、と気づく。物理的な視力ではない。記憶力、あるいは時間感覚とでも言えるものに優れているのではなかろうか。なぜ優れているのかといえば、いずれは死んでいく「生き物」の営みすべてに、鋭敏かつ深い興味と共感を抱いているからだと思える。
 「孤独でないと感じたり知ることのできない本質的な『領域』があるのかもしれない」と氏は書く。その「領域」が、氏の写真と文章にはたしかに存在している。一瞬を永遠に変え、ひとの根源に光を当てる、魔法のような力。私たちが気づかぬふりをしているさびしさが、深い陰影を伴って静かに浮かびあがる。
 さびしさは豊饒(ほうじょう)と同義なのだ。本書を読むあいだ、私の心は満たされ自由だった。
    ◇
 文芸春秋・1998円/きかい・ひろお 45年生まれ。写真家。『PERSONA』で土門拳賞、日本写真協会賞年度賞。

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