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止まった時計—麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記 [著]松本麗華

[評者]五十嵐太郎(建築批評家・東北大学教授)

[掲載]2015年05月03日

[ジャンル]社会

表紙画像

■「教祖の娘」が社会で生きるとき

 つらく、重い内容だが、引き込まれて最後まで一気に読める。現代の日本で起きた出来事でありながら、現実とは思えない数奇な運命が語られる。著者はオウム真理教の麻原彰晃の三女である。当時、アーチャリーと呼ばれ、強制捜査のときにアッカンベーをしたことで有名になった少女が、20年後に松本麗華として半生を振り返った。
 幾つかの観点から、彼女の手記を読むことができるだろう。第一に、日本を震撼(しんかん)させたテロを実行した団体の内幕を描いたドキュメントである。しかも、サティアンの窓から、こちらをのぞいていた視点だ。彼女にとって信者たちは、遊び相手であり、勉強を教えてくれる兄や姉だった。第二に、父と娘、そして精神を病んでいく家族の物語。たとえ犯罪者になっても親子の関係は変わらない。が、優しく強かった父は、監獄の中の弱い障害者になる。第三に、宗教団体を存続させる組織論。カリスマを失った教団がいかに迷走し、ときには教祖の子供を担ぎだしたりしてその名前を利用したか。第四に、国家権力に睨(にら)まれた人間が、どのように扱われるか。そして第五に、麻原の娘という呪縛を受けたための社会的な制裁。メディアによる攻撃、度重なる転居、そして複数の大学から入学を拒否されたこと。一方で、彼女に普通の生活をさせてあげようと、支えてきた弁護士や元信者。彼女はアレフや母との関係が切れたことを「解放」と表現し、社会で生きる道を選んだ。
 事件当時、子供だった松本麗華も、本当は何が起きたのかを知りたいと思う一人だ。が、廃人同様になった麻原は何も喋(しゃべ)らなくなった。終章で彼女はひとつの仮説を立てているが、それを批判する人も多いだろう。最後に事件が解決するフィクションとは違い、結論はない。だが、オウムの諸問題を持続的に思考するうえで、さまざまな入り口を与える本である。
    ◇
 講談社・1512円/まつもと・りか 83年生まれ。大学で心理学を学び、心理カウンセラーの勉強を続けている。

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