書評・最新書評

人工知能は人間を超えるか [著]松尾豊 エニグマ アラン・チューリング伝(上) [著]アンドルー・ホッジス

[評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)

[掲載]2015年05月10日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■「計算」の概念を変え、新世界の扉開いた

 ここのところ、人工知能がめきめきと賢くなっている。将棋で一流のプロ棋士と対等に渡り合うほどになり、やがては人類を滅ぼすかもしれないと警告する科学者もいるほどだ。ちょっと前は、計算とか繰り返し作業とかには滅法(めっぽう)強いが、常識的な判断ができず、ましてや芸術作品を作るとか言葉を自然に操るとか、とてもではないが不可能と思われていたのだから、隔世の感がある。
 松尾豊の『人工知能は人間を超えるか』は、最近の人工知能の技術的進歩を分かりやすく解説していて、この分野の格好の水先案内になってくれる。何が人工知能をそこまで賢くしているのか、明快で見通しの良い整理は、予備知識がない人でも読みやすい。
 キーワードはビッグデータと深層学習(ディープラーニング)。この二つによって、人工知能は50年来のブレークスルーを達成したという。外界や環境とのやりとりにおいて、何をどう学習したら良いか、以前は人間が方向性を定めなければいけなかったのが、人工知能みずから決めることができるようになったのだ。
 その上で著者は、この先に開けている社会が、今までとはまったく違ったものになると力説する。人工知能技術の社会的影響に多くのページを割いて考察しているのはとても有意義だが、技術の変革が人間そのものに及ぼす影響については、やや単純化のし過ぎのようにも思う。
 人工知能の根本的な原理を発見した研究者のひとりが、イギリスの数学者、アラン・テューリングである(「チューリング」と表記されることが多いが、ここでは「テューリング」とする)。
 彼を主人公にした伝記映画《イミテーション・ゲーム》が話題を呼んでいる。アカデミー脚色賞を受賞したこの映画の着想のきっかけになったのが、アンドルー・ホッジスによる浩瀚(こうかん)な伝記、『エニグマ』だ。
 テューリングは、「計算」という行為の概念を変えた男と言っていいだろう。数字記号の操作からビット列の操作に、つまり、数学から情報へ。それが暗号解読にもつながったし、人間の思考や意思決定を計算過程として論じることのできる世界への扉を開いた。この扉の先が、現在どれだけ豊穣(ほうじょう)な世界になっているかは、松尾が描いてくれたとおりである。
 この伝記、まだ上巻のみで下巻の出版が待ち遠しいのだが、残念ながら翻訳が良くない。下巻では修正されていることを望む。
 種を蒔(ま)いた人の孤独や苦労と、その種が半世紀後にどこまで育ったか、一度に合わせて俯瞰(ふかん)することができるのは、現在のぼくたちならではの特権だ。これを楽しまないという手はない。
    ◇
 『人工知能は人間を超えるか』角川EPUB選書・1512円/まつお・ゆたか 75年生まれ。東京大学特任准教授(人工知能) 
『エニグマ』土屋俊、土屋希和子訳、勁草書房・2916円/Andrew Hodges 49年、ロンドン生まれ。数理物理学者。

関連記事

ページトップへ戻る