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廃墟の残響―戦後漫画の原像 [著]桜井哲夫

[評者]細野晴臣(音楽家)

[掲載]2015年05月10日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■敗戦や原爆が喚起した創造力

 南方の戦争で腕を失った水木しげるの話がなぜか序文で語られる。続く第一章は日本が行った満州政策の顛末(てんまつ)から始まり、それがかなり的確にまとまった歴史認識なのだ。その満州で地図作りの技能を買われ、関東軍の情報活動の特殊任務に就いていたのが長井勝一という人で、後に青林堂を立ち上げ、ぼくらの世代に多大な影響を与えた漫画月刊誌「ガロ」を創刊した。
 ここで初めて序文の水木しげるの話が布石と気づき、戦後に至る日本の漫画家の運命が見えてくる。高井研一郎、上田トシコ、ちばてつや、森田拳次、古谷三敏、北見けんいち、そして赤塚不二夫ら満州にいた漫画家のそれぞれが敗戦を機に大陸を脱出する。この錚々(そうそう)たる漫画家らが皆、満州で子供時代を過ごしたという事実に驚かされる。
 一方、日本本土は米軍による大空襲で大阪も東京も焼け野原となった。その廃虚の中に学生だった手塚治虫、小松左京、野坂昭如らがいた。手塚は廃虚の大阪に灯(とも)る電飾を見て「漫画家になれるかも」と直感した。白土三平は戦中戦後の過酷な生活を経て「忍者武芸帳」を描くに至った。また昭和30年代、後年の人気漫画家が集うことになる「トキワ荘」に手塚治虫を招いたのが当時の雑誌「漫画少年」の編集者加藤宏泰だった。
 そんな混乱の時代を俯瞰(ふかん)しながら希代の才人に焦点を絞る著者の話法に引き込まれ、まるで上手に編集されたドキュメンタリー映画を見た心地になる。戦後の日本文化は、漫画家が牽引(けんいん)したのかもしれない。それがその後のアニメ文化隆盛に繋(つな)がっていく。
 本書は漫画家に限らず、戦後文化を活気づけた人たちの活動の大きな根源が敗戦や満州、原爆だったことを改めて考えさせる。戦後の日本の荒涼とした廃虚が彼らの創造力を喚起したことは記憶に留めておきたい。本書の通奏音でもあるその響き、廃虚の残響は今も鳴り続いている。
    ◇
 NTT出版・2268円/さくらい・てつお 49年生まれ。東京経済大学教授。著書に『一遍と時衆の謎』など。

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