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遊楽としての近世天皇即位式―庶民が見物した皇室儀式の世界 [著]森田登代子

[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)

[掲載]2015年05月10日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■「広場」に変貌した御所の南庭

 江戸時代の天皇は幕府の厳重な管理のもとに置かれ、京都御所に事実上幽閉されていて、生身の姿を一般庶民にさらすこともなかった。そう思い込んでいる人々は多い。天皇の研究をしているにもかかわらず、かく言う私もまたその一人であった。
 ところが本書は、図像を含む多くの史資料を通して、江戸時代の天皇の即位式では一般庶民が京都御所の南庭に集まり、思い思いの姿で見物していたことを明らかにする。見物人は男性よりも女性の方が多く、授乳している女性までいる。彼女らの席から即位式が行われる紫宸殿(ししんでん)までは距離があったため、天皇の姿をとらえるのは難しかったが、式の後に天皇が着座した高御座(たかみくら)などを見物することは誰でもできた。南庭には見物人が殺到し、死者も出た。
 禁域のはずの京都御所が、即位式に際しては一般開放され、南庭は誰もが集まることのできる「広場」へと変貌(へんぼう)したわけだ。江戸時代にこうした広場があったこと自体、注目に値する。大正天皇と昭和天皇の即位式もまた紫宸殿で行われたが、南庭から天皇の姿を見ることができたのは政府関係者に限られていた。一般庶民は江戸時代と同様、式の後に御所内に立ち入ることが許されたものの、式の当日は首相が南庭で天皇陛下万歳を三唱するのと同じ時間に、御所の外側で見えない天皇に向かって万歳を叫ぶことしかできなくなる。
 京都御所の南庭を定点観測することで、近世から近代にかけての天皇制の断絶面と連続面を探る視点を、本書は提供している。この視点が、主婦業を続けつつ、「中年になって」研究を始めた一人の女性によって出されていることを強調しておきたい。授乳中の女性の絵図を見た衝撃をきっかけとして研究に入るというのも、男性にはなかなかないことだろう。自らの無知を気づかせてくれた本書に、改めて感謝したい。
    ◇
 ミネルヴァ書房・3024円/もりた・とよこ 武庫川女子大大学院博士後期課程単位取得。『はじけてダンス!』。

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