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人工授精の近代 戦後の「家族」と医療・技術 [著] 由井秀樹

[評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)

[掲載]2015年05月17日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■「子を産むべき」の呪縛の強さ

 人工授精、体外受精、代理母……。次々に新手が現れる不妊対策。その背景に「結婚と出産を一体」のものと認識し、「夫婦と血のつながりがある子を妻が出産する」ことを規範とする家族観があると著者は考える。そしてこの規範の履行が危ぶまれた時、代替手段として不妊対策が様々に模索されるのだと。
 本書が議論の対象に選んだのは人工授精だ。先端科学的イメージの強い生殖補助医療だが、日本で人工授精を紹介した文献は、明治時代に刊行された『人工妊娠新術』にまで遡(さかのぼ)れる。以後、近代日本の人工授精史を各種資料を用いて丁寧にたどる著者の筆致は、生殖補助医療の問題点を声高に糾弾して、科学技術社会の未来を憂える激しさこそないが、伝統的家族観の堅牢さを実証的に示した点で画期的だ。
 「産めよ、増やせよ」を国是とした戦中から一転して終戦後の日本では人口抑制の必要が唱えられるが、不妊対策への情熱は冷めない。初の非配偶者間人工授精(AID)の施術は1948年。当時、第三者の精子を用いる是非が議論されたが、AIDを婚姻を維持する「非常手段」とみる見解が出された。以後も新しい生殖補助技術が登場するたびに伝統的家族観は揺らがされつつも結局は強化され、それがまた新しい生殖補助技術を求める循環が作られる。
 著者は後書きに「『男性』のあなたがなぜこの研究をするのか」と何度も問われたと記している。妊娠・出産を女性の身体の問題に限定して意識するところにも社会の出産中心主義的な家族観が反映しているのだろう。そこでめげずに著者が研究を重ねたことを評価したい。過度の出産中心・血統優先的家族観は時に個人を苛(さいな)む。家族はもっと多様となるべきだが、誰をも深く支配している伝統的家族観の呪縛を正しく認識せずには次の新しいステップは踏み出せないはずだ。
    ◇
 青弓社・3240円/ゆい・ひでき 87年生まれ。立命館大学専門研究員(科学史、生命倫理学)。

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