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草木成仏の思想 安然と日本人の自然観 [著] 末木文美士

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2015年05月17日

[ジャンル]人文

表紙画像

■人間の傲慢がもたらす自然の怒り

 ひところ「山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)」という言葉がよく使われた。成仏とは仏になること。また心の働きをもつ「有情」に対し、心の働きのない植物などを「無情」という。そうすると、「山川草木悉皆成仏」とは、無情であっても仏になれる、との意味になる。
 哲学者の梅原猛が仏教思想の中からこの言葉を見つけ出し、中曽根康弘首相(当時)が政治の場でしばしば引用した。私たちはすべての生物・自然と調和し、共棲(きょうせい)してきた。「共存の哲学」こそが日本民族の生き方である、と説いたのだ。日本人は自然に優しい、環境を大切にする、という表現は現代でも耳にする。
 その思想は真実だろうか。著者は忘れ去られていた安然(あんねん)(841?〜915?)という学僧の事績を発掘する。彼の手になる『斟定(しんじょう)草木成仏私記』を現代語訳し(たいへんに困難で、それだけに得がたい仕事である)、その他の著作も吟味しながら、この問題を考察していく。そして「真如(しんにょ)」という概念に着目し、安然が「草木が自ら発心・修行し、成仏する」との理解に至ったことを解き明かす。
 著者の論点はさらに、日本人と自然の関係へと進んでいく。日本人は本当に環境に優しく、自然を大切にしてきたのか。いや、そんなことはない。私たち日本人は昔から、開発と称して自然を破壊してきたではないか。自然の大部分はどんなに科学が発達したとしても了解不能な領域に属しているのだから、「原子力を制御できるなどというのは傲慢(ごうまん)以外の何ものでもない」。
 安然が説く「真如」とは、「かたちのある何か」ではない。有情・無情が生成し、帰滅していくところであり、それに思いをいたし接近していくことこそが信仰である。その意味で、人間の思い上がりや不勉強が自然(無情)の怒りの元となり、天災をもたらす、という考え方なり信仰は、十分に成立すると著者は説く。傾聴すべき提言であろう。
    ◇
 サンガ・2160円/すえき・ふみひこ 49年生まれ。国際日本文化研究センター教授。『日本宗教史』『現代仏教論』など。

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