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はじめての福島学 [著] 開沼博

[評者]ビジネス

[掲載]2015年05月24日

[ジャンル]経済 社会

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■データを共有し「イメージ」正す

 東日本大震災の年に『「フクシマ」論』で衝撃のデビューを果たし、以後、被災地の「内側」からのメッセージを全力で発信し続けてきた著者の、震災から4年目にしての新境地。
 元来彼は質的な調査を身上としてきた人だが、この本ではたくさんの統計データをもとに、一部で流布している福島のイメージがいかにズレているかを分かりやすく解説している。たとえば、福島県は農業県のイメージがあるが、実は一次産業従事者は1割以下で、二次産業が3割、三次産業6割である、など。
 研究者が自分のスタイルを変えるというのは、相当な覚悟と努力が必要な一大事である。そんな「変身」を開沼にもたらしたのは、震災後4年間の経験だったようだ。全国各地での講演会やメディア出演の際の反応は、福島の姿がほとんど知られていないという現実を、彼に突きつけた。
 基本的に前向きのトーンを保ってはいるものの、行間からは、開沼の静かな怒りや、かすかな諦念(ていねん)が、ほの見える。福島を政治問題化するな。事実を認識せずに結論先にありきで語るな。福島に住んでいる多くの人たちに迷惑をかけるな。どうして、こんな初歩的で常識的なことが分かってもらえないのか。
 難しいことではないはずだ。この本を読み、虚心坦懐(たんかい)にデータを受け入れればよい。自分の限られた経験や感覚だけに基づいて何ごとかを主張することは、やめよう。その代わりに開沼が提案するのは、科学的な前提にもとづく限定的な相対主義である。最低限の客観的事実を共有し、その上で、各人の価値観の違いを容認し、できれば共存すること。
 基本的なことである。だが、それすらできなくなっているとは、ぼくたちは、なんと狭量な人間になってしまったのだろうか。この先の福島学は、日本学は、どこへ向かうのだろうか。
    ◇
 イースト・プレス・1620円/かいぬま・ひろし 84年生まれ。社会学者。『漂白される社会』など。


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