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芹沢光治良戦中戦後日記 [著]芹沢光治良

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2015年05月24日

[ジャンル]歴史 文芸 人文

表紙画像

■いい小説を書くことが命の証し

 真珠湾攻撃による太平洋戦争開戦の年の1月から終戦後3年までの「死路を辿(たど)る」想(おも)いで綴(つづ)った日記である。
 連日連夜「日本中の空がB29でおおわれたよう」な空襲下で死の恐怖に脅かされながら、何のためでもなく、考える必要も、幸福もない、ただ「いい作品を書く」以外ないというこの想いは死線を越えた、まるで肉体を離脱した人間の発するような言葉である。
 小説を書く手を止めず修羅のごとく創作に突き進み、常に自分の病弱と「家の中に暴風を吹きよせ」る妻とのはざまで神の恩寵(おんちょう)にすがり、祈りながら、ひとときも心の安らぎのない状況。創作を唯一の生命の証しとして書き続ける孤高の精神に、空襲は容赦なく日本全土に拡大していく。
 著者の創作意欲と西洋文学への強い関心は現実逃避のようにも思えるが、死を覚悟した芸術家には最後の砦(とりで)でもあろうか。さらに、芹沢の神への深い想いは、森羅万象に宿る自然の法則と摂理によって神が創造と結びついた命の根源であることを信じているゆえであろう。
 終戦の年の3月10日、10万を超える死者を出した東京大空襲。その後、芹沢は軽井沢に疎開し、空襲からは免れるが、毎日の開墾生活は病弱の身には過酷で、貧困と空腹に苦しむ日々が続く。少数の指導者が日本を戦争に導いたことに怒りをおぼえながらも、日記の執筆はやまない。発表のあてもないだけに「己をごまかしたりせずに、魂のいぶきを」作品として残したいという彼の人間主義は、崇高でさえある。
 芹沢はあくまでも芸術の力を信じ、戦争が終結するならば「ほんとうに活動すべきは芸術家だ」と書く。さらに「自分を神の殿堂としなければならない」とも。その答えこそが晩年の、長大な『人間の運命』や、『神の微笑』ほかに結実する「神」と「人間」への思索なのだ。今再び僕は「人間」シリーズを読み始めた。
    ◇
 勉誠出版・3456円/せりざわ・こうじろう 1896〜1993。作家。日本ペンクラブ会長なども務めた。


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