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忘れられた巨人 [著]カズオ・イシグロ

[評者]大竹昭子(作家)

[掲載]2015年05月31日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■不穏な世を舞台に、記憶とは何か問う

 ストイシズムか、あまのじゃくか、挑戦好きか、たぶんそのすべてだろうが、カズオ・イシグロは新作ごとに異なるスタイルで読者を驚かせてきた。長編としては十年ぶりの本作も同様。1ページ目に「当時まだこの土地に残っていた鬼たち」という言葉を見つけてびっくりした。これは一体どういう小説? ファンタジーと呼ぶのは簡単だがそうはしたくない。何と言ってもイシグロの小説なのだからと、この形式が取られた意味を考えつつページを繰っていく。
 舞台はアーサー王統治後のブリテン島。つまり伝説の設定を借りてその後の世界を想像している。法や協定が破られ、王のもたらした平和がほころび、ブリトン人とサクソン人の信頼が損なわれている。主人公は村を去った息子に会う旅に出たアクセルとベアトリスというブリトン人の老夫婦。旅の途上で、アーサー王のおいの老戦士ガウェインや、サクソン人だがブリトン人とも親しい屈強なウィスタンや、同じくサクソン人で将来を期待される少年エドウィンなどに出会う。一夜の宿を借りた修道院からの脱出、悪をはびこらす雌竜の退治、ガウェインとウィスタンの決闘など、イシグロならではの卓越したストーリーテリングだが、その底を静かに流れているのは記憶というテーマだ。
 これまでも人間に記憶がどう作用するかが探究されてきた。孤児たちが主人公の『わたしを離さないで』しかり。ピアニストが招待先の町で謎めいた状況に引き込まれる『充(み)たされざる者』も、成功した画家が戦後の価値の変化に困惑する『浮世の画家』もそうだった。ファンタジーの衣を借りた本作も例外ではなく、不穏な空気に包まれる世を舞台に、記憶とは何かを問うている。
 アクセルとベアトリスは蝋燭(ろうそく)を取り上げられ、村の周縁でひっそり暮らしてきた。息子が去ったのもその事に関係あるらしい。だが、ふたりはそうなった事情を憶(おぼ)えていない。いや、彼らのみならず、国全体が健忘の霧に覆われ、起きたこと、存在した人を忘れている。過去を語り合うことに意味がなくなっているのだ。
 「喜んで霧にくれてやりたいことも多いが、息子の顔はな……大切なものを思い出せないのはつらい」とアクセルはつぶやく。だが記憶に分け隔ては不可能である。憎しみの連鎖を起こす民族対立の記憶も、夫婦愛を育てる思いやりの記憶も、どちらも等しく記憶の姿なのだ。ウィスタンは少年に言う。「(恐れる)理由を失えば、そのぶんだけ恐怖は怪物的になる」。憎しみの記憶を超えるには、恐れの種を取り除くしかないわけだ。大文字の歴史においても、個の歴史においても。
    ◇
 土屋政雄訳、早川書房・2052円/Kazuo Ishiguro 54年、長崎生まれ。5歳でイギリスに渡り、英国籍を取得。『遠い山なみの光』で王立文学協会賞。『日の名残り』でブッカー賞。ほかに『わたしを離さないで』『浮世の画家』など。



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