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ルワンダ・ジェノサイド 生存者の証言―憎しみから赦しと和解へ [著]ジョセフ・セバレンジ、ラウラ・アン・ムラネ

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2015年06月07日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■赦しあえた時、次世代の平和が

 ルワンダのジェノサイドは1960年前後を端緒としているが、報道では知り得るものの内部からの被害者の声についてはまったく知る機会がなかった。本書はツチの一族の被害の実態をつぶさに語った書である。
 著者は少年期にはジェノサイドの被害者、目撃者として育ち、隣国のコンゴで学校教育を受ける。再びルワンダに戻り、高校教師、NPO団体で働き、やがて政界に入り議会議長を務める。だがカガメ独裁政権に命を狙われ、アメリカに亡命する。ジェノサイドの実態を知るがゆえに、ルワンダをその惨禍から救い、赦(ゆる)しと和解の道を模索する立場に立っている。
 著者の幼少年期の支えだったのは、「我々が殺されても、おまえは生き延びろ」という父の言であった。その父も兄弟、親戚もジェノサイドによる犠牲となっている。ルワンダの大量殺戮(さつりく)は、多数派のフツと少数派のツチの対立という形をとるが、著者はその歴史的経緯を丹念に紹介しながら、西欧列強による植民地支配の分断工作が背景にあると明かす。さらに独裁政権がツチの反政府活動をでっちあげて、フツの過激派をあおるという形をとった。ふつうの庶民が隣人を殺害するまでに至る。著者の筆を借りるなら、国土の至る所に斬殺された死体が山積みになる。過去50年間で100万人もの命が失われたという。
 著者はルワンダを訪れたクリントン大統領が、この惨劇の国際社会の責任について演説したことをとりあげ、「私も拍手をしたが、満足はしていなかった」と書く。ルワンダに国際社会の反応が鈍かったのはなぜか、資源もない小国だからとの見方も紹介する。和解は可能なのか、赦しに達する心理とはどういうことか、自らの提言を示しつつ、「次世代のための平和は、私たちがお互い赦しあうことができた時」との著者の覚悟は、人類史を問うている。
    ◇
 米川正子訳、有斐閣発売・4320円/Joseph Sebarenzi 元ルワンダ議会議長。Laura Ann Mullane ライター。


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