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戦艦大和講義―私たちにとって太平洋戦争とは何か [著]一ノ瀬俊也

[評者]五十嵐太郎(建築批評家・東北大学教授)

[掲載]2015年06月07日

[ジャンル]政治 社会

表紙画像

■欲と運命背負い、今も飛び立つ

 海に沈んだ大和が宇宙戦艦ヤマトになって、人類を救う。子供のとき、この奇妙なアニメに没頭し、大人になって、これは敗戦した日本の精神を満足させる壮大なSF偽史だったのではないかと考えるようになった。本書を手にとったのも、「宇宙戦艦ヤマト」の分析が含まれていたからである。が、その内容は単なるサブカルチャー批評ではない。著者は日本近代を専門とする歴史学者として、近代以降、そもそも日本にとって戦艦は何だったかを縦横無尽に論じる。
 第1部は、黒船のトラウマを受けて、精神的な巨艦主義に向かう時代背景を軸に、大和から日本の近代史を読みとき、第2部は、戦後の映画、アニメ、漫画、小説などで繰り返し登場した大和のイメージから日本人の欲望の在処(ありか)を探る。大和は、科学、美など、さまざまな「神」に祀(まつ)りあげられた。そして第3部は、バブル期以降の現代を扱い、アメリカに勝利する仮想戦記、もうひとつの消費ネタである零戦の物語、戦艦が少女に擬人化されたゲーム・アニメの「艦隊これくしょん」などを扱う。
 明治時代から軍艦が擬人化されていたこと、「宇宙戦艦ヤマト」以前の1960年代にすでに大和が空を飛ぶ漫画が存在していたことなど、興味深いエピソードは尽きない。また、「さらば宇宙戦艦ヤマト」で特攻を成就したのに、これを改変し、続編ができるよう死なない「宇宙戦艦ヤマト2」を制作した金儲(かねもう)け主義に日本の姿を重ねあわせる。
 本書で一貫しているのは、戦争への批判的な視点だろう。第1部では、日本軍が暗澹(あんたん)とするような戦略を遂行し、大和が近代日本の背負った悲しい運命を象徴したことを論じる。また第2部では、大和のキャラ化を通じて、死んだ乗組員の存在が消されたことを指摘した。そして著者は、戦死者がわれわれをどう見るかをつきつける。
    ◇
 人文書院・2160円/いちのせ・としや 71年生まれ。埼玉大准教授。『銃後の社会史』『日本軍と日本兵』など。


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