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四月は少しつめたくて [著]谷川直子

[評者]星野智幸(小説家)

[掲載]2015年06月07日

[ジャンル]文芸 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■自分の言葉を取り戻すために

 例えば、戦争に荷担(かたん)する法律を作るのに、なぜ、「平和のため」という言い方をするのか。その言い方にはごまかしが入っているとわかっているのに、なぜ、消極的にでも受け入れてしまうのか。
 さまざまな原因の一つに、言葉がまともに機能しなくなっていることが挙げられる。言葉と心が、深いところで断ち切られているのだ。
 このテーマを真っ正面から扱った小説が、本作だ。
 詩人の藤堂孝雄は、二〇〇一年以来、詩を書けない。そこに編集者の今泉桜子が、新作の依頼に来る。藤堂に断られながらもやりとりを重ねるうち、桜子は、互いが死者に対して負い目を抱えて身動きできなくなっていることを知る。藤堂は妻に対して、桜子は産んですぐ死んだ子どもに対して。死者に正直になろうとすると言葉が出てこない。
 一方で、藤堂は詩の教室の講師を務めている。その講座に通い始めた清水まひろは、娘が、自殺未遂をした中学の同級生から、いじめの主だと濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を着せられて以来、口をきかない、という悩みを抱えている。なぜ、同級生は嘘(うそ)をついたのか。本当のことは何なのか。どうしたら娘の苦しみを取り除けるのか。
 追求すればするほど、まひろは混乱していき、ついには言葉が意味を失っていると感じ、だから娘も言葉を話せなくなったのだと気づく。
 桜子もまひろも、言葉を取り戻すために必死で藤堂の詩を読む。作中に登場するそれらの詩は、詩人でもある谷川直子の真骨頂だ。二人はその過程で、自分の言葉を獲得する。そして、二人から学んだ藤堂も、虚無から抜け出すための発見をする。
 読み終われば、強い感銘とともに、「詩の言葉」とは、私たちが生きるなかで最も身近で大切な、日常の私的な言葉を指すと気づくだろう。あらゆる言葉が無意味と化した、詩の機能しないこの社会にあって、必読の小説である。
    ◇
 河出書房新社・1512円/たにがわ・なおこ 60年生まれ。『おしかくさま』で文芸賞、『断貧サロン』など。


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