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S,M,L,XL+ [著]レム・コールハース

[評者]五十嵐太郎(建築批評家・東北大学教授)

[掲載]2015年06月14日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■まるでSF小説、挑発的な建築論

 世界的に活躍する建築家の主著がついに邦訳された。背表紙の厚さが約8センチに及ぶ巨大な原著は辞書のような作品集であり、文字と図版の組み合わせも斬新。モノとしてカッコいいために、どこのデザイン系の事務所に行ってもこの本があった。が、著者はすぐれた書き手でもある。かつてル・コルビュジエが膨大な著作を通じてモダニズムの理念を広げたように、20世紀末以降、コールハースの論考が大きな影響を及ぼしている。
 現在、グローバル都市やショッピングモールの商業空間を論じることは珍しくなくなったが、いち早く目をつけたのは彼だろう。獰猛(どうもう)な資本主義が空間をいかに変容させるか。従来の良識的な建築家はそれを非人間的だと批判し、懐古的になるのに対し、コールハースはあえて否定せず、むしろそれがもたらす新しい現実を直視し、挑発的な建築・都市論を提示する。
 さて、今回の邦訳は、著者の意向からいきなり文庫として出版された。原著『S、M、L、XL』の装丁を維持した日本語版は困難と判断し、コールハースお気に入りの日本のコンパクトな本の形式を選び、図版を外して、文章中心の本に変えたという。すなわち、XLの原著からSサイズの文庫版である。その際、原著以降の主要な論考を幾つか加え、思想家としての彼に焦点を当てた。邦訳された文章を通読すると、都市の観察と調査にもとづくノンフィクションでありながら、巧みな表現によって、SF小説を読んでいるような気分になる。建築が巨大化すると今までのデザイン手法が無効になるという「ビッグネス」、歴史保存と解体が同時進行する「クロノカオス」ほか、「ジェネリック・シティ」、「ジャンクスペース」など、新しい概念を示す言葉や造語も豊富だ。
 シンガポール、ドバイ、ラゴス、アトランタ、そして東京など、急激な都市化や開発が続く場所、あるいはスマートシティ、ソビエトやベルリンの壁などに出現した人工的な空間をとりあげ、彼は「建築家」の終焉(しゅうえん)や近代的な都市計画の不可能性を指摘する。
 本書はユートピア的な都市計画を提案したメタボリズムの建築運動に言及しているが、最近、その中心メンバーである黒川紀章の伝記『メディア・モンスター』も刊行された。日本でもっとも有名だった建築家の知られざるエピソードも拾いながら、ていねいにまとめた労作である。彼がメディアを利用し、晩年まで建築家として本気で東京を改造しようとしたことがうかがえるだろう。だが、もはや一人のスター建築家が巨大都市を計画することは不可能だった。ここに両者の認識の違いがある。コールハースは建築家もさらに変容する未来を見据えている。
    ◇
 太田佳代子・渡辺佐智江訳、ちくま学芸文庫・1512円/Rem Koolhaas 44年オランダ生まれ。脚本家、ジャーナリストを経て建築家に。プリツカー賞、世界文化賞などを受賞。『錯乱のニューヨーク』など/『メディア・モンスター』は曲沼美恵著、草思社、2916円。

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