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イザベルにーある曼荼羅 [著]アントニオ・タブッキ

[評者]大竹昭子(作家)

[掲載]2015年06月14日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■うつろう時の流れに棹さす写真

 2012年に他界したタブッキのたくらみに満ちた遺作。どこに反応するかは人それぞれだろう。『レクイエム』との重なりにうなずく人、文学的引用を絡めつつリスボン、マカオ、スイスと主人公が移動するさまにひざを乗り出す人。刺激されるツボが異なるところに、現実のとらえどころのなさを主題に書き続けたタブッキ作品の特異な魅力が感じられる。
 昔知っていたイザベルという女の消息をある男が尋ね歩く。彼とイザベルとの関係は分からないが、彼女の姿は様々な人の語りにより明らかになっていく。寄宿学校の親友、親代わりを務めた老女、サクソフォン奏者の女友だち、刑務所の看守……。どうやら反ファシストの活動により投獄され、もうこの世にはいないらしい。
 一方、彼女を捜す主人公の素性は一向につかめない。どこから来たかと人に問われて彼はおおいぬ座と答える。これをジョークだと読み飛ばした私は、途中でそうではないと感づき、5話で写真家が登場したところで思わずあっと声を上げた。まさしくこここそ自分のツボだった。
 写真家は彼にイザベルの写真を持たせてポラロイドで撮影する。だが彼の姿だけが現れない。「どこ出身ですか?」と問われて彼は「明るすぎるところから来ました」と返す。ここから物語は「私」と「あなた」の境界が不明瞭な光あふれる領域に進入し、砂に描いた円に息が吹きかけられる最後のシーンでは、中心に置かれたイザベルの写真を残してすべてが消える。
 1996年に口述された後人に託され、11年、推敲(すいこう)のために作家の手に戻されたが、病に侵され未刊のまま亡くなった。変化しうつろう時間の流れに一瞬だけ棹(さお)を差し入れる写真の不思議さ。軽やかに移動した作家の遺作としてあまりに出来すぎなエンディングに、偶然の計らいとはいえ、頭がくらっとした。
    ◇
 和田忠彦訳、河出書房新社・2160円/Antonio Tabucchi/1943〜2012。現代イタリアの代表的作家。

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