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日本海ものがたりー世界地図からの旅 [著]中野美代子

[評者]中村和恵(詩人・明治大学教授・比較文学)

[掲載]2015年06月14日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■他者の物語、問いかける内海

 出発地は『西遊記』の女人国。地誌と伝承、歴史と妄想、各国の思惑の間をすいすいと海流に乗り、想像力の船が進む。ガリヴァーの地図、シーボルト事件、英仏の本初子午線争い、バルチック艦隊と多彩な逸話のクルーズだ。
 話の舳先(へさき)は次第に北の海へ。オットセイなどの海獣は遠くアラビアまで、毛皮や薬、あるいは伝説(ときに女人)になって運ばれ、各地の物語に潜りこんだ。「日本海が、かくも豊かな他者の物語(ストーリー)=歴史(ヒストリー)をはらんでいたとは」
 他方、江戸時代の漂流譚(たん)がもっぱら太平洋側の話なのは、日本海が日本人にとって「内海」的で、「『他者』あるいは『他者意識』を、いっさいもたらさなかった」からだと著者はいう。異なる文化が存在する実感、そして異文化の側から自らを省みる多層的で交流的な自他認識を阻む内海とは、どうやら油断ならぬ論争的概念だ。
 18世紀ヨーロッパの世界地図に残った数少ない空白のひとつが、日本の北だった。フランス海軍将校ラペルーズ率いる探検隊は、そこを目指す。しかし彼や間宮林蔵がサハリンを「発見」したわけではない。アイヌやニヴフ、ウィルタら先住諸民族は、その地を知りつくしていた。
 友好的なアイヌの長老は槍(やり)で図を描き航路を矢印で示して、ここが島であることを明確にラペルーズに伝えたという。さすが交易の民。一方、白人の所持品に無関心だった17世紀オーストラリアの先住民族は、異民族には不慣れでモノでないものを重視した。両者の間に差異はあるが優劣はない、とわたしは考える。
 宗谷海峡の別名はラペルーズ海峡。複数の名は複数の歴史、複数の思いの表れだ。こうした状況を紛争の種ではなく、文化的豊かさとする可能性を、この本の旅は直接間接に示している。その豊かさに影を落としてきた力による異民族支配の実態を、さらなる航海で確かめたく思う。
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 岩波書店・2160円/なかの・みよこ 33年生まれ。北海道大学名誉教授。著書に『中国の妖怪』『三蔵法師』など。

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