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古地図に憑かれた男ー史上最大の古地図盗難事件の真実 [著]マイケル・ブランディング

[評者]三浦しをん(作家)

[掲載]2015年06月14日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■空白地帯からの甘美な呼び声

 アメリカ人のエドワード・フォーブス・スマイリーは、コレクターに古地図を販売する業者だった。ところが実際は、図書館から古地図を盗み、正規のルートで入手したふりをして売りさばいていたのだ。彼は二〇〇五年に逮捕され、三年間服役した。
 本書は、スマイリーの栄光と転落を追ったノンフィクションだ。彼は古地図の目利きで研究熱心だったから、顧客や図書館員の信頼が厚かった。その信頼を、なぜ裏切ったのか。貴重な文化財であり美しい芸術品である古地図を、稀覯(きこう)本から切り取って盗む。そんなことを、なぜしでかしたのか。著者は本人や関係者への取材を重ねる。
 本書にはカラー図版が多数掲載されているので、古地図の美麗な装飾や、いま見るとおかしな大陸の形などを堪能できる。地図とは、まだ見ぬ土地への憧れの象徴であり、世界を認識し把握するためのツールであり、他者の土地を征服した証しでもあるのだ。
 ロマンと野心が詰まった古地図は、あやしい輝きを放ち、スマイリーを魅了した。愛と業が渦巻く古地図業界で、彼がやがて盗品販売へと至る軌跡は、息苦しいほどスリリングだ。地図に興味がなくてもぐいぐい読み進められるし、地図が持つ魔力を痛感させられる。
 地図上では、未踏の地は空白になっている。それと同様、ひとの心にも、言語では説明できない空白地帯がある。著者はその場所へ果敢に分け入り、なにかを熱烈に愛する心が罪を呼ぶという矛盾、大切な相手をときとして簡単に裏切れてしまう人間の不思議について、粘り強く思考をめぐらせる。
 スマイリーは、古地図という名の愛と欲に憑(つ)かれた。いったいだれが、彼の行いを他人事(ひとごと)だと言い切れるだろう。愛と欲に無縁のひと、空白地帯からの呼び声に甘美な響きをまったく感じないひとが、はたしているだろうか?
    ◇
 森夏樹訳、青土社・3888円/Michael Blanding ジャーナリスト。米ブランダイス大学調査報道研究所の研究員。

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