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ロッパ日記代わり—手当り次第 [著]古川緑波

[評者]宮沢章夫(劇作家・演出家)

[掲載]2015年06月21日

[ジャンル]人文 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■喜劇人の柔らかく鋭い批評眼

 表紙のカバーを取ると、そこに古川緑波(ロッパ)が書いたのだろう生原稿が印刷されている。四百字詰めの原稿用紙だ。筆者はディレッタントであることを誇らしげに書く。ディレッタントは、「好事家」とか、「趣味人」と訳すべき言葉だろう。それだけだったら鼻持ちならない印象も受けるが本書を読むと、ディレッタントぶりが、(ロッパ風に表現させてもらえば)堂にいっている。
 古川ロッパの名前は、私の世代の喜劇好きなら辛うじて知っていても、さすがにその舞台を観(み)ることは叶(かな)わなかった。亡くなられたのは一九六一年の一月だ。かといって、映画にその面白さが記録されていたのかよくわからない。喜劇人の魅力がもっとも表れるのは舞台だと語られることが多く、私もその意見に共感する。だからロッパの魅力がいまひとつわからず、随筆をはじめとする文章に触れることを避けていた。
 それはたまたまだったのかもしれないが、手にした随筆をいまの目で読むと、書き方が、時間に耐えていないと感じたからだろう。けれど『ロッパ日記代わり 手当り次第』のような、短文によって、まさに「手当たり次第」に書くスタイルは鋭さを随所に感じる。
 映画雑誌の編集者だった過去にふさわしく映画について書く。歌舞伎をはじめとする舞台について書き、読んだ本に触れ、そして、書き手の喜びをもっとも感じるのは、食について語るときだ。語り口が見事で名文家と言われたのも肯ける。柔らかい筆致でありながら、ときとして鋭い批評眼を読むことができる。たとえば、「之(これ)からの新劇だって、所謂(いわゆる)大衆劇だって、努力主義(汗を流して熱演する主義)一点張り」では観客の共感を得られないと主張する。書いたのが一九二九年頃であることに驚かされる。
 古川ロッパの魅力を文章だけでしか知ることができないのはさびしいが。
    ◇
 河出書房新社・1944円/ふるかわ・ろっぱ 1903〜61年。喜劇役者・エッセイスト。『あちゃらか人生』ほか。

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