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権力の空間/空間の権力—個人と国家の〈あいだ〉を設計せよ [著]山本理顕

[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)

[掲載]2015年06月21日

[ジャンル]社会

表紙画像

■建築家が読む斬新なアレント

 政治というのは抽象的な思考に回収されない。そうではなく、複数の人間が共生するための実践行為である以上、必ず具体的な空間を伴うはずである。だが、政治思想史の研究者の多くは、思想家が残したテキストを丹念に読み込み、政治概念を抽出することには努めても、政治が住居や都市のような空間とどれほど深く関係してきたかを考えようとはしなかった。
 建築家の山本理顕は、思想家のハンナ・アレントが著した『人間の条件』を、これまでの政治思想史研究とは全く異なる視角から読み解いた。それが本書である。著者の読みはきわめて斬新であり、建築家がアレントを精読するとこうなるのかという新鮮な発見に満ちている。
 著者によれば、アレントほど空間のもつ権力性に敏感な思想家はいなかった。そのアレントが古代ギリシャで注目したのが、公的領域(ポリス)と私的領域(オイコス)の間にある「無人地帯」、つまり「閾(しきい)」だというのだ。この指摘にはびっくりした。確かに『人間の条件』には、それに相当する文章がある。しかし、政治思想史の分野で、ここまで「閾」に注目した研究は見たことがない。
 著者はアレントの思想に、私的空間と公的空間が厳密に区画され、官僚制的に統治された都市空間、すなわち「権力の空間」に生きることに慣らされている私たちの日常を根本的に改めるための突破口を見いだしている。『人間の条件』は、決して政治思想史の「古典」と定まっているわけではなく、未来へと開かれた「予言」としての意味をもつことになる。
 もし本書の問いかけに、政治思想史の側から何の応答もなされないのであれば、あまりにも空しい。著者にならって言えば、それこそ学問のタコツボ化がもたらした「権力の空間」に安住していることに無自覚になっている表れと判断されるからだ。
    ◇
 講談社選書メチエ・1836円/やまもと・りけん 45年生まれ。建築家。著書『新編 住居論』、共著『地域社会圏主義』。

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