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女たち三百人の裏切りの書 [著]古川日出男

[評者]蜂飼耳(詩人・作家)

[掲載]2015年06月28日

[ジャンル]歴史 文芸 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■改竄された「源氏」、「現代」映す物語の妙

 王朝物語の最高傑作として読み継がれてきた『源氏物語』に古川日出男が挑む。小説『女たち三百人の裏切りの書』の舞台は、平安時代後半から院政期にかけての時代だ。紫式部が『源氏物語』を書いたころからは百余年が経過している。登場人物たちは『源氏物語』との縁を生き、紫式部の怨霊に翻弄(ほんろう)され、物語の力を知る。
 ある日。紫苑(しおん)の君は病の床に伏す。そばには麗景殿(れいけいでん)の女房ちどりと、病の原因である物(もの)の怪(け)を移すための人間、つまり憑坐(よりまし)の少女うすきが侍(はべ)る。護摩が焚(た)かれ、阿闍梨(あじゃり)の祈祷が続く。そこへ紫苑の君を愛する三位中将建明が登場。物の怪は、自分は紫式部だと名乗る。小説はここからはじまる。
 紫式部の怨霊は、いま流布する『源氏物語』は改竄(かいざん)されたものだと告げる。そして、五十四帖のうち最後の十帖、光源氏がこの世を去った後の物語「宇治十帖」が本当はどういう物語なのかを語る。小説を読み進めるうちにこれらは愛ゆえに仕組まれたことだとわかる。けれど、小説が動き出すのはそこからだ。仕組まれた線を越えて、人々の現実が展開する。
 先に触れたように、この小説の舞台となる時代は武家が力を持ちはじめる時代。その「現代」を取り入れる『源氏物語』として、公家以外の人々の動向を含んで展開するところに、ひろがりと臨場感がある。西海の海賊衆を統べる人神・由見丸。山陰の沖の島で生き、南都の大寺院に武力を提供する蝦夷(えみし)の末裔(まつえい)たち。黄金や奥州の馬を商う商人・金屋犬百。平氏、そして源氏。両者のあいだにあって盛衰を眺める藤氏(とうし)。著者が、小説の舞台をあえて紫式部のころから百余年経った時期に設定した意味も、見えてくる。
 思いがけない関係の糸、裏切りの糸が錯綜(さくそう)して、物語の内にも外にも、新たな物語を生んでいく。紫式部の怨霊が三人になり、それぞれの怨霊が語る「宇治十帖」、つまり複数の筋が巷間(こうかん)に流布しはじめる。ついには物語に出てくる「早蕨(さわらび)の刀」の実物までもが出現。人々は物語を生きる。
 原典が尊重されるとは限らなかった時代、物語は、筆写によって広まる中で、書き換えられたり、書き継がれたりした。そうした行為も享受の方法と楽しみに数えられた。物事の「説明」には常に「間隙(かんげき)」がある。「単に語られていないだけ」のことが含まれているのだ。そこを「隙見」するなら「物語の不思議に触れる」ことができる。著者は、物語に備わるそんな性質を見据える。『源氏物語』を享受する人々とその時代を描きながら、同時に「宇治十帖」の読みに挑戦し、従来にない方向から光を当てた大胆な力作。紫式部も驚くに違いない。
    ◇
 新潮社・2700円/ふるかわ・ひでお 66年生まれ。作家。『アラビアの夜の種族』で日本推理作家協会賞と日本SF大賞。『LOVE』で三島由紀夫賞。『ベルカ、吠(ほ)えないのか?』『聖家族』『冬眠する熊に添い寝してごらん』など。


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