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マイ・フレンド―高田渡青春日記 1966—1969 [著]高田渡

[評者]宮沢章夫(劇作家・演出家)

[掲載]2015年06月28日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■信じるものへと向かう瑞々しさ

 本書を一言で表現しようとすれば、たとえば、「フォークシンガー高田渡の青春記」とか、「フォークソングがいかに日本で受容されたかという貴重な証言」といったものになるだろう。けれど、私は次のような言葉で表現したほうがより適切だと考える。
 「十七歳の少年が日々を率直な言葉で綴(つづ)ったノート」
 だから、本書のどこを読んでも瑞々(みずみず)しい言葉の魅力を感じるし、自分が信じるものに向かって、ときには積極的に足早に、ときにはゆっくり歩き出す少年の姿がある。誰だって同じような若い時期を経験しているだろう。
 書名にもなっている「マイ・フレンド」と名づけられた少年が書いたノートは、一九六六年の三月十三日からはじまり、いったん翌六七年の九月で終わる。それから編者(渡の長男、高田漣)の手によって、六九年のノートが三日分収められているのはそこに特別な意味があるからだ。最後に記されるのは六九年の八月十四日。初めてのソロアルバムのタイトルを、「汽車が田舎を通るその時」と自身の手で書く。少しの照れくささと誇りをこめて。
 高田渡がフォークシンガーとして誕生した瞬間のようにそれを読んだ。
 あらためて考えると、日本において、ある時代の「フォークソング」とはなんだったかという問いのヒントが本書にあるように思えた。いかに十代の高田渡が熱心にフォークソングを吸収し、ウッディ・ガスリーやピート・シーガーから学ぼうとしたか。この国にまだお手本がほとんどなかったなかでそれを模索する。
 日々のノートはたいてい、ウッディ・ガスリーの歌の一節で終わる。“So long, it’s been good to know you.” アバヨ、あんたと知りあえてよかったよ。本書を読みながらそれをいつまでも反芻(はんすう)した。ここでの「あんた」は歌のことだと私には思える。
    ◇
 河出書房新社・2700円/たかだ・わたる 1949〜2005年。フォークシンガー。アルバム「ごあいさつ」など。


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