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新宿ベル・エポック―芸術と食を生んだ中村屋サロン [著]石川拓治

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2015年06月28日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■異文化接合点で濃密な人間模様

 母の勤務地が新宿だったので、子どもの時分、たまに中村屋のカレーを食べに連れて行ってもらった。うちは貧しかったから、それはたいへんなご馳走(ちそう)だった。本書はその中村屋の物語。創業者夫婦の相馬愛蔵・黒光(こっこう)と、夫妻を慕って集まった芸術家たち、なかでも彫刻家の荻原碌山(ろくざん)が織りなす人間模様を記す。
 愛蔵と碌山は同郷で、信州安曇野の人。地域一の名家・相馬家に仙台藩の上士の家から嫁がくる。農家の五男坊だった碌山少年は、彼女を憧れのまなざしで見つめていた。話はそこから始まる。
 三人は互いを大切に思い、認め合った。それは三角関係という言葉でひとくくりにできるものではない。彼らの濃密な連関の向こうには、百年ほど前の、外国に向きあう日本社会の姿が見えてくる。
 中村屋サロンは異文化の接合点であった。インドの志士ボースのカレーも、ロダンに学んだ碌山の彫刻もその好例である。相馬夫妻は新しい文化の揺り籠を用意したのだ。
    ◇
 小学館・1944円


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