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鴨居玲 死を見つめる男 [著] 長谷川智恵子

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2015年07月05日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■伝説の画家、芸術ゆえの孤独

 鴨居玲は没後、伝説の画家になったのではなく、生前から彼は伝説の人だった。彼に接した大抵の人は彼の不思議な磁力に魅入られ、誰もが彼に会いたがったようだ。本書は画家の作品を論じるより、もっぱら彼の人物像を語る伝記的エッセーである。
 鴨居のルックスとファッションセンスは西洋人の中にいてもきわ立っていた。画壇へのデビューは決して早くはなかったが、いきなり頂点を極める権威の賞を立て続けに手にする。が、彼には成功欲も金銭欲も全くない。画壇の誰とも群れず、市井の生活を愉(たの)しみ、成功後もデッサン教室に学び、特にスペインの田舎の人々との素朴な生活を愛した。彼の人間的魅力と人気は内外を問わず人々を魅了し続けた。彼に声をかけられると深夜遅くでも飛んでいきたくさせる引力は一体どこから来るのだろう。
 彼の飛び切りのオシャレはどこに行ってもグラマラスな存在で、その場の空気を華やぐものに一変させるが、内心は恥ずかしがり屋で、酒を愛する一方、大人になりきれない少年の魂は常に芸術に悩んだ。彼を孤独に導く芸術と生活の間で常に自由を求め、創造と苦悩との往還を繰り返す、そんな彼の心は常に死と隣り合わせ。
 スペイン人の楽天的な生き方を愛する一方、闘牛の死の儀式に美を求めた。そこには死を恐れぬ無関心の強みがあった。彼は自ら悲劇の主人公を演じ、「二晩三日」と人が嗤(わら)う狂言自殺の茶番劇の道化を好んだ。死を弄(もてあそ)んだというより、死に魅入られていたと思えてならない。
 もう30年以上になるかな、僕は後に彼の死のあとを追って自殺した彼の親友のひとりである美術評論家・坂崎乙郎と鴨居の2人に誘われて展覧会の審査に招かれたことがあった。伝説の主を前にやや緊張しながら、彼の驚くほど謙虚な人柄と淋(さび)しげな笑顔は今も記憶の底に揺曳(ようえい)している。
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 講談社・1728円/はせがわ・ちえこ 44年生まれ。日動画廊副社長。『世界美術館めぐりの旅』など。

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