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歩道橋の魔術師 [著]呉明益

[評者]蜂飼耳(詩人・作家)

[掲載]2015年07月05日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■響き合う人生と都市の回想

 台湾の台北にはかつて中華商場というショッピングモールが存在した。一九六一年に完工、八棟の建物に千軒以上の商店があり、にぎわった。九二年に全棟が解体されたが、いまもなお当時を知る人々の記憶に残る場所だ。
 呉明益『歩道橋の魔術師』は、中華商場を舞台とする連作短編集。各編の語り手が、中華商場で過ごした日々を語る。棟と棟を繋(つな)ぐ歩道橋でマジックを見せて商売をしていた魔術師を、覚えている人もいれば、記憶していない人もいる。中華商場の回想は必ず、語り手の現在と響き合う。現在と過去の間に言葉の歩道橋がかけられていく。
 恋や事件、家族の問題、不慮の死、失踪、子どもたちの希望と失望、それでも続く生活。読み進めるうちに、中華商場が自分の中に築かれていく感覚がある。九十九階を示すエレベーターのボタン、〈元祖はここだけ 具なし麺〉という店、鍵屋、眼鏡屋、街娼(がいしょう)。夜の闇を飾る色とりどりのネオンサインが胸に染みる。まさに都市そのものが主人公であるような小説。
 ゾウの着ぐるみを着て風船を配るバイトをした経験を語る男。ある日、バイト中に彼女が通りかかる。その背中が見える。「ぼくは、彼女の名を呼ぼうとした。でもはたと、今、自分はゾウなのだと思い出した。ゾウは人間の言葉を使って、誰かの名前を叫ぶだろうか?」。ためらううちに信号が青に変わり、彼女は横断歩道を渡って消える。たとえば関係の亀裂や時の流れを、著者はそんなふうに繊細に描いてみせる。
 人生や都市の暗部を簡潔で静かな筆致によって浮かび上がらせる著者の小説は、台北・中華商場という固有の場をこまやかに切り取るものでありながら、同時に、どんな都市にも通じる感情を湛(たた)えている。淡々とした語り口に、親しみのもてる短編集。言語の違いを超えて、読書の喜びを確かにもたらす作品だ。
    ◇
 天野健太郎訳、白水社・2268円/ご・めいえき Wu Ming−Yi 71年台湾生まれ。作家。邦訳は本書が初。

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