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国体論はなぜ生まれたか―明治国家の知の地形図 [著] 米原謙

[評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)

[掲載]2015年07月12日

[ジャンル]歴史 人文

表紙画像

■近代の鬼門、今を議論する礎に

 国体は近代日本史研究の鬼門だ。言論や政局を支配する強力な理念だったが、その内実が捉え難かったからだ。
 本書はそんな「国体」の成立過程を辿(たど)る。その語を初めに用いたのは対外関係の中で「天朝」を意識した近世の儒者や国学者で、会沢正志斎『新論』はキリスト教の政教一致に対して日本独特の祭政教一致体制を国体と呼んだ。
 しかしペリー来航後、その語は強制された開国の屈辱を補償しようとする様々な心性の受け皿となり、国家の体面、国家の独立、万世一系の皇統の存在など多彩な内容がそこに盛り込まれる。国体概念はやがて明治憲法と教育勅語をセットにして擬似的に政教一致を実現させる「国家神道」体制の象徴となるが、国家への危機感が高じると真正の政教一致(つまり天皇親政)を求めるパトスがその語を合言葉として奔出する。
 こうして内実が不定形の国体の語が「パニック状態になったときに、身体の不随意運動」が生じるような不合理的な活動の旗印となる経緯を本書は示した。明治期までの分析に限定した内容の研究書だが、例外的に日本のポツダム宣言受諾が国体護持を条件として進められたエピソードに触れた箇所がある。国体といえば今や国民体育大会の略で、戦前の国体は死語となった感があるが、確かに戦後日本がそれときちんと決別を宣言したことはない。
 たとえば戦後70年の首相の談話内容が話題になる一方で天皇がパラオなどに慰霊に向かう現状に至って「国体」と「政体」の関係はどう変わったのかなど、戦前の国体論との連続と断絶の両面を意識しつつ議論されるべき課題は少なくないはずだ。昭和期の国家総動員体制下での国体研究や、国体を「主体なき権力」とみなしてミシェル・フーコーなどの権力論と接続可能なかたちで明治期の国体を論じた本書は、そうした議論の確かな礎ともなろう。
    ◇
 ミネルヴァ書房・3456円/よねはら・けん 48年生まれ。元大阪大学教授(日本政治思想史)。『徳富蘇峰』など。


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