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百貨店で〈趣味〉を買う―大衆消費文化の近代 [著] 神野由紀

[評者]五十嵐太郎(建築批評家・東北大学教授)

[掲載]2015年07月12日

[ジャンル]政治 社会

表紙画像

■紳士が愛したキッチュな「国風」

 かつて百貨店は女性のものではなかった。現在は化粧品や婦人服の売り場が中心になっているように、女性の消費に支えられている。だが、著者が論じるのは、近代都市に出現した新中間層、すなわち「良い趣味」を求めた大衆の主体が、江戸時代からの気質を受け継ぎながら購買力をもっていた男性だったことだ。
 西洋の「紳士」の概念がもたらされた当時、手軽に形から入るためのアイテムとして、「紳士必携」のファッションや商品が流通した。そして近代に一部の趣味人が牽引(けんいん)した茶の湯、骨董(こっとう)趣味、玩具収集は、明治末に百貨店が関わることで大衆化する。
 しかし、その過程でデザインはキッチュ化していく。昭和初期になると、日本的スタイルの「国風」が流行し、だるま形の火鉢や米俵形のボンボン入れなど、トホホな和風の商品までも登場する。また人形玩具の収集や創作への趣味は、今のオタク文化の状況とも似ていよう。
 本書は近代の美術・デザイン論としても興味深い視点を与える。百貨店の美術部は、日本家屋の床の間に飾る調度品として、絵画や工芸品を販売した。例えば、竹内栖鳳(せいほう)、富岡鉄斎、川合玉堂、横山大観らの日本画家の作品が扱われている。彫刻家の平櫛田中(ひらくしでんちゅう)も、木彫りの節句人形を制作していた。現在、ファインアートとして美術館で鑑賞するような作家が、百貨店を介した大衆の趣味の流行とつながっていたのである。
 デザイン史の教科書において、近代はモダニズムが流布していく時期として語られるが、実際、多くの中間層は和洋折衷のライフスタイルにあわせて、和風インテリアや「国風家具」を求めた。本書は、こうした傾向に導いた事例として、建築家の中村順平の和風アールデコを位置づけている。欲望を喚起する百貨店というメディアが、近代のデザインに与えた影響を解き明かす一冊である。
    ◇
 吉川弘文館・2700円/じんの・ゆき 関東学院大学人間環境学部教授。『子どもをめぐるデザインと近代』など。


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