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ウイダーの副王 [著] ブルース・チャトウィン

[評者]中村和恵(詩人・明治大学教授・比較文学)

[掲載]2015年07月12日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■波乱にみちた奴隷商人の生涯

 19世紀初頭のアフリカ西部ダホメー王国の奴隷積み出し港ウイダーに、ブラジルから一人の奴隷商人がやってきた。王に捕らえられ、不吉な白い肌を黒く染めるためインディゴ(青藍)の樽(たる)に漬けられた男は、救出してくれた王子のクーデターを支援して特権的な地位を得、「西アフリカで最も富裕な男」になったのだが——。ダホメーの、またヨーロッパの伝承がこのように伝える歴史上の人物に材をとった本作は、1980年に刊行されたブルース・チャトウィン二作目の小説。
 1970年代、社会主義を掲げていたベナン人民共和国時代のウイダーで、フランシスコ・マノエル・ダ・シルヴァの一族が追悼式典を行う場面から話は始まる。土地の人々と結ばれて子孫が増え、事実上アフリカ人となっても、かれらはブラジルを祖先の地として心に抱きつづけている。ジジジと回るセピア色のフィルムが鮮やかな原色を映し出して見る者を驚かすように、細部の描写がなによりつよい印象を残す。かれらの肌色や手指や髪のかたち、豪華だが荒廃した邸宅、衣装や車や建築の色と手触り。肖像画や遺物の数々が、波乱にみちた一族の物語を誘導する。
 ダホメー王の残虐ぶり、奴隷商人の冷酷さ、互いを利用し裏切る各国政府や商人たちの確執は、事実(物語上の)に即して、淡々と述べられる。感情の波はむしろ、ブラジルへの帰還や出世の約束が果たされず、着ることのない夜会衣装や必要のない懐中時計のコレクションをひとり見つめる胸に逆巻くのだ。
 眩惑(げんわく)的なほど華やかだが緻密(ちみつ)で簡明な文章。読み終えた手元を見て、思いのほか短い本であることに驚く。西アフリカとブラジルを自ら行き来する訳者による巻末解説は、複数の民・複数の土地が交錯する物語の背景、史実とフィクションの境目、奴隷制の実態、さらには現在の観光地ウイダーにも及び、秀逸だ。
    ◇
 旦敬介訳、みすず書房・3672円/Bruce Chatwin 1940〜89年。『パタゴニア』『ソングライン』など。


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