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トットひとり [著]黒柳徹子

[評者]荻上チキ(「シノドス」編集長・評論家)

[掲載]2015年07月19日

[ジャンル]人文

表紙画像

■「もっと自由に」現代へのエール

 生きるテレビ史、黒柳徹子。テレビ放送がはじまった時代。伝説的な音楽番組、クイズ番組、ニュース番組、トーク番組の舞台裏。俳優たちや作家たちとの交流。その風景を生き証人として語れる人は他にいない。
 『トットひとり』は不思議な本で、書かれていることの大半は、極めて個人的なことだと言える。向田邦子さんの部屋によく遊びに行っていたこと。森繁久彌さんにたびたび誘われていたこと。沢村貞子さん、大橋恭彦さんを「母さん」「父さん」、渥美清さんを「兄ちゃん」と呼び、親しんでいたこと。でも、こうしたエピソードの行間から「テレビの時代」の匂いや息遣いが伝わってくる。
 テレビ黎明期(れいめいき)ならではの、実験的な演出やトラブルの数々。生放送中、到着した飛行機から、松田聖子さんがタラップを降りてきてそのまま歌う。田原俊彦さんが、歌いながらテニスボールを次々と打ち返し、最後はネットを飛び越える。なぜその演出なのかはわからない。しかしとにかくインパクトがある。徹子さんも、歌詞を忘れた歌手には助け舟を出し、マイクコードが絡んだ時にははいつくばってほどきにいく。自由な時代、と片づけるのは単純か。メディアはもっと自由でいいと、現代へのエールも受け取れる。
 音楽番組『ザ・ベストテン』でのひとコマ。シャネルズに対し、一人の少年が「どうして、黒人のくせに、フランスの香水の名前をつけてるんですか?」と聞いた。徹子さんはCM明けにひとりで語りだす。「あなたが、そのつもりがなくても、人を傷つけてしまう言葉なんです。皮膚の色や、国籍で、『何々のくせに』と言うのは、やめてほしいと思います」。久米宏さんの合いの手もさりげない。「黒柳さんが泣いていますから、もうやめて下さいね」。出演者たちは拍手を送り、放送後も激励の手紙が多数届いたという。
 生放送で、とっさにこのように切り返せる人が、どれほどいるだろう。差別に対する嫌悪感が芯に備わっていないと、なかなかこうはいかない。「ひっかかる発言」を見聞きした時、進行や出演者の反応など、あれこれ考えているうちにスルーしてしまう。そうした体験を持つ番組司会者は多いのではないか。黒柳徹子さんが評価されているのは、技巧的な側面からではない。勤勉さや優しさが、テレビ画面からも伝わるからだ。
 もっと自由に、楽しく生きていい。この本からは、そんなメッセージを受け取れる。ゴシップ的に消費するのはもったいない。不自由な空気を感じている人は、ぜひ手に取って。テレビ論の教科書にも、生き方のお手本にもなるはずだから。
    ◇
 新潮社・1620円/くろやなぎ・てつこ 33年生まれ。女優。タレント。ユニセフ親善大使。トーク番組「徹子の部屋」は同一司会者による最多放送記録としてギネス世界記録に認定された。著書に『窓ぎわのトットちゃん』『トットチャンネル』など。


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