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キャプテン・クックの列聖—太平洋におけるヨーロッパ神話の生成 [著]ガナナート・オベーセーカラ

[評者]中村和恵(詩人・明治大学教授・比較文学)

[掲載]2015年07月19日

[ジャンル]歴史 社会

表紙画像

■西洋近代の世界観を徹底批判

 これは稀(まれ)な声である。誤謬(ごびゅう)もあるし曲解もある。だが無視できない、重要な声だ。
 ポリネシアの「発見者」と目されるクック船長は、1779年ハワイ島上陸の際、土地の神ロノとして迎えられた——。スリランカの人類学者オベーセーカラは本書で、この説に正面から異を唱える。クック=ロノ神説は西洋の神話、つまり「十八世紀、およびそれ以降のヨーロッパ人の想像力によって産み出されたものであり、『現地人』の神となる畏(おそ)るべき探検家=文明の使者という先行する『神話モデル』に基づいていた」。
 これを証明すべく著者はアメリカの人類学者マーシャル・サーリンズを徹底批判。反論の応酬がつづき議論は沸騰、サーリンズ対オベーセーカラは、サモアについてのミード対フリーマン論争に比すべき大論争に発展した。その経緯は訳者解題に詳しい。
 主に第三回航海の記録など当時の資料から、結論が導き出される。いわく、生前クックに与えられたロノの呼称は神だけでなく、高位の首長にも用いられる。クックの厚遇には当時内戦中だった現地の政治・軍事的思惑が関わっている。神格化は生前ではなく死後に起きた。一連の出来事のヨーロッパ人による解釈は、当時もいまもキリスト教的枠組みにとらわれている。のちのハワイ社会もその解釈をとりこんでいく、と。
 なぜスリランカ人がポリネシアの歴史を、これほどの怒りと情熱をもって書き直そうとするのか。西洋による非西洋の「発見」と支配が、いまの非西洋諸社会に、否応(いやおう)なく影響しつづけているからだ。クックとは一見無関係なスリランカ内戦への言及も、イギリスの植民地政策がそこに深く関わっていることを考えると、つながりが見えてくる。西洋近代中心の「世界史」を非西洋の世界観によって転覆させようとする批判精神が、遠く離れた複数の「世界の果て」を結びつける。
    ◇
 中村忠男訳、みすず書房・7344円/Gananath Obeyesekere 30年生まれ。米プリンストン大学名誉教授。

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