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「からゆきさん」—海外〈出稼ぎ〉女性の近代 [著]嶽本新奈

[評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)

[掲載]2015年07月26日

[ジャンル]社会

表紙画像

■理解を妨げる「悲惨な女性」像

 「からゆきさん」の語を広く知らしめた山崎朋子『サンダカン八番娼館』の副題は「底辺女性史序章」だった。山崎は近代日本史上最も悲惨な存在として「海外に連れ出され」「異国人を客」とした「出稼ぎ」女性に注目した。
 本書はこうした〈からゆきさん=底辺女性〉とする価値観の生成過程を辿(たど)る。例えば福沢諭吉は海外移住する日本人のため公娼(こうしょう)制が必要と考えたが、「天は人の下に人を造らず」の言葉とは裏腹に娼妓(しょうぎ)たちを欧米のように「人類の最下等」扱いせよと主張した。
 存娼派の福沢と立場は異なるが、キリスト教徒を中心とする廃娼(はいしょう)運動家たちも差別意識の形成では足並みを揃(そろ)えた。性交が女性の体質を変え、以後の出産でも最初の相手の形質が発現すると考える非科学的なテレゴニー説が導入されると、廃娼派は海外「出稼ぎ」女性を日本人の「純潔」と「純血」への脅威とみなして廃絶を求め始める。
 しかし、彼女たちはただ受動的に「底辺」に追いやられただけの存在ではなかった。山崎に先んじて元海外「出稼ぎ」女性への聞き取りを行った森崎和江は、彼女たちが異国の地にいてなお日本人のアイデンティティーを持ち続け、結果として自らが日本の海外膨張主義の「先兵」となってしまう屈折した自縛の構図を浮かび上がらせていた。
 「抑圧された性」のひと言では括(くく)れない海外「出稼ぎ」女性の実態を「いたましげに寄りそいつつ、自らの生活態度をくずそうとはしない市民的なまなざし」は見失う。そう批判していた約40年前の森崎の言葉を著者は引く。
 確かに初めから「悲惨」と決めつけて対象に向かい合う姿勢は排除を進めてきた価値観に相乗りしがちだし、感傷が勝ると問題の複雑さを見失わせ、解決を遠ざける。からゆきさんは過去の存在となったが、新たな差別を対象に同じ轍(てつ)を私たちは今なお踏んでいないか検証すべきだろう。
    ◇
 共栄書房・1836円/たけもと・にいな 78年生まれ。一橋大学院・言語社会特別研究員(日本近代ジェンダー史)。

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