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イーヴリン・ウォー「スクープ」書評 勘違いで特派員、ワハハな笑劇

評者: 中村和恵 / 朝⽇新聞掲載:2015年08月02日
スクープ (エクス・リブリス・クラシックス) 著者:イーヴリン・ウォー 出版社:白水社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784560099070
発売⽇: 2015/05/21
サイズ: 20cm/293p

スクープ [著]イーヴリン・ウォー

 パタゴニア滞在記で有名な流行作家ジョン・ブートは、内乱の兆しがある東アフリカのイシュメイリアに行きたいと知人に頼みこむ。有力者の推薦である新聞社がブートを特派員にした、はずだった。ところが勘違いで派遣されたのは別人の田園のコラムニスト、ウィリアム・ブート。現地情勢もなにも知らないこの男がスクープをものにする、呆然(ぼうぜん)ワハハな笑劇だ。
 1938年の小説だからインターネットどころか、電話や電報、無線機はあるけどまだ高価で、長い記事のやりとりはなかなか大変な時代、誤報と曲解は日常茶飯事。なかった煙がそこから立って対立や暴動が起きちゃったりもする。でもロンドンやパリが欲しがる扇情的事件が打電できなければ首。そこでイギリス人は裏で手を回しアメリカ人は実力行使、フランス人は断固抗議と、各国各様になんでもあり。さらに現地の鉱物資源を狙うロシア人やドイツ人のスパイが暗躍し、大統領一族支配の転覆をたくらむ勢力を裏で操る諸外国の策略ありと、結局もとの独裁政権のほうがましじゃないのといいたくなるような大混乱。あら、最近どこかで見たような。
 わたしがイシュメイリア人だったら、ウォーにこういいたい。ご自身も特派員としてエチオピアにいらしたそうですが、あなたのアフリカ人描写、随分失礼ね。しかし、と、にやりと笑ってつけ加える。あなたのヨーロッパ人の描き方、とくにイギリスの権力者やジャーナリストへの意地悪な皮肉は、実におもしろい。ガセネタにつられた記者たちがブートひとりを残し全員でたらめな名前の町に行っちゃうところとか、新聞社社長主催の宴会の解説とか。「コパー卿は、宴会のあらゆる瞬間を堪能した。(中略)普段はほかの主人に仕える奴隷が、一晩自分の奴隷になると、コパー卿は感じていた」。イギリス人が書くイギリス人の悪口ってまさに的を射(い)てますね。
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 高儀進訳、白水社・2592円/Evelyn Waugh 1903〜66年。英国の作家。『回想のブライズヘッド』など。