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善と悪の経済学 [著]トーマス・セドラチェク

[評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)

[掲載]2015年08月02日

[ジャンル]経済 社会

表紙画像

■神話・宗教に探る「人間学」の水脈

 経済学が社会科学の一部であることは、疑いない。では経済学は、自然科学と人文科学のどちらに近いのか。社会科学の中で唯一、ノーベル賞が授与される学問分野の経済学は、自然科学をモデルとし、それに近づこうとしてきた。結果として、現代経済学は高度に数学化され、大量の統計を扱う実証科学として発展してきた。
 しかし、経済学がどんなに自然科学に近づこうとも、それは完全に自然科学にはなれないし、またそうなるべきではない、と主張するのが本書である。人間は、原子のように自然法則にしたがって動くわけではない。天体の運行に関する予測と異なって、経済予測がほとんど当たらないのは、人間行動の複雑性や、その背後にある動機の多様性のためだ。残念ながら経済モデルは、これらすべてを記述し尽くすことに成功していない。リーマン・ショック後に英国のエリザベス女王が、「なぜ経済学者は、誰も経済危機を予測できなかったのか」と問うたのは、有名な話となっている。
 ここから道は二つに分かれる。一つは、人間の複雑な行為動機をさらに詳細に分析し、現実をよりよく説明できる理論を再構築する道である。もう一つは本書の立場だ。つまり、「科学的方法論」に則(のっと)れば「真理」に到達できるという前提そのものが誤りであり、そうした見果てぬ夢を経済学は捨てねばならないというのだ。では、どうすればよいのか。
 豊かな水脈を求めて著者は、4千年以上前のギルガメシュ叙事詩に始まり、旧約聖書、古代ギリシャ、キリスト教を経て近代思想に至るまで、経済学的思考の痕跡を見出(みいだ)していく。また、経済学の祖アダム・スミスが、『国富論』とともに『道徳感情論』の著者であったことも想起される。彼は、「神の見えざる手」という有名な言葉の下で、利己的で、自己中心的なホモ・エコノミクスを正当化したと理解されている。しかし彼の考える社会倫理とは、利他的動機を重視し、人間相互の共感の上に成り立つ。ここでは、経済学と倫理学が統合されている。
 経済学に求められているのは、「価値中立的な客観科学」を装うことではない。むしろ「善き社会」や「よい暮らし」とは何か、その価値判断を提供できる学問でなければならない。経済成長ですべてを解決できなくなった今、富の公正な分配とは何か、物質的な豊かさと異なる「真の豊かさ」とは何かが、改めて問われている。その答えは、数学に求めても得られない。むしろ経済学は、哲学、歴史学、心理学、社会学などの人文科学と結びついた「人間学」であるべきだ、というのが本書最大のメッセージである。
    ◇
 村井章子訳、東洋経済新報社・3672円/Tomas Sedlacek 77年生まれ。チェコ共和国の経済学者。大学在学中にハベル大統領の経済アドバイザーを務める。同国の銀行CSOBのチーフストラテジスト。09年発表の本書はドイツのベスト経済書賞を受賞。

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