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チャップリンとヒトラー—メディアとイメージの世界大戦 [著]大野裕之

[評者]五十嵐太郎(建築批評家・東北大学教授)

[掲載]2015年08月09日

[ジャンル]人文 社会

表紙画像

■笑いと全体主義の攻防、今なお

 映画を通じて世界に笑いを届けた喜劇王のチャップリン。一方、全体主義によって世界を恐怖に巻き込んだ政治家のヒトラー。2人は1889年にわずか4日違いで生まれ、ともにチョビ髭(ひげ)がトレードマークだった。そして1940年、チャップリンは一人二役で、ユダヤ人の床屋とヒトラーをほうふつさせる独裁者を演じた映画『独裁者』を発表した。本書は、チャップリン映画の日本語版の監修を担当した劇作家の著者が、傑作『独裁者』に焦点をあてながら、宿命的な2人のメディア戦を論じたものである。
 それは1930年代から40年代にかけて、映画と戦争、すなわちいずれもアメリカ、ヨーロッパ、日本を巻き込んだ世界を舞台とする大立ち回りだった。チャップリンについては、生い立ちをたどり、その思想の形成過程を確認しつつ、紆余(うよ)曲折や修正を経て、ラストの有名な演説シーンが完成したこと、また公開後の各国の多様な反応について、詳細に分析している。
 これに対し、ナチスはチャップリンを攻撃した。彼がユダヤ人だとデマを流し、ヒトラーとのチョビ髭比べの風刺を徹底的に禁じ、様々なルートを用いて『独裁者』の制作や海外の公開を妨害している。笑いこそが、自由を制限する政治に対抗する武器になると恐れたからだ。
 しかし、これは決して昔話ではない。現在、ネットでは気に食わない人物に「在日認定」のレッテル貼りが行われ、アーティストの会田誠がどこかの首相の物まねスピーチを行う作品が変更を要請され、反日とされた映画は公開が困難になっている。今の日本と重ねて読むことができるだろう。ただし、ナチスのような明快な命令はなく、いわば空気がこうした風潮をもたらすのが日本的かもしれない。なお、本書は最後に果たしてヒトラーは『独裁者』を見たのかを考察している。見たとしたら、彼は笑っただろうか?
    ◇
 岩波書店・2376円/おおの・ひろゆき 74年生まれ。日本チャップリン協会会長、劇作家、映画プロデューサー。

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