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〈サーカス学〉誕生—曲芸・クラウン・動物芸の文化誌 [著]大島幹雄

[評者]宮沢章夫(劇作家・演出家)

[掲載]2015年08月09日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 社会

表紙画像

■特別な技芸の進化を多面的に

 本書によれば、昭和八年に「ハーゲンベック・サーカス」がドイツから来日するまで、日本のサーカス団は「曲馬団」と呼ばれていたという。こうして「曲馬団」と書くと、どこか妖しげな匂いが漂うし、そもそも、日本のサーカスは「天然の美」の哀愁あふれる音楽、中原中也が「サーカス」に書いた「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」から感じる、どこか特別な世界を想像させる。
 たしかにサーカスは特別な世界だ。
 けれど本書に登場するサーカスは、ヨーロッパで進化し洗練された一大エンターテインメントである。冒頭、かつてニューヨークにあったツインタワーの屋上をワイヤーで結び、ワイヤーの上で演じられた大道芸人フィリップ・プティの「綱渡り」が記されるが、その芸には、「曲馬団」にある妖しさなどかけらもない。きわめて危険を伴う地上四百十一メートルで演じられるぞっとするような芸だ。
 あるいは、「クラウン」や「熊」「象」といった、サーカスと聞いてすぐに思い浮かべるイメージごとに語り分けられ、語りから広がる様々な話題によって、本書は「サーカス」を多面的に描く。
 興味深いのは、第四章の「ロシア・アヴァンギャルドとサーカス」だ。旧ソ連でサーカスは国家によって庇護(ひご)されていた。サーカスを演じる者らの卓越した身体が、「革命」の初期、芸術運動が持っていた前衛性とシンクロしていたからだ。のちにスターリンによって粛清されたメイエルホリドをはじめ、前衛的な創作者たちはサーカスの演者の身体にインスピレーションを受けた。それは輝かしい演劇の到達点だった。けれど、「革命」は裏切られ、サーカスの前衛性も消える。
 演劇の側からサーカスを見るのとは逆の視点が本書にはある。著者が語る〈サーカス学〉はそうした位置から始まるのだろう。
    ◇
 せりか書房・2592円/おおしま・みきお 53年生まれ。海外のサーカス団を招聘(しょうへい)する会社に勤務。

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