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戦場カメラマン—沢田教一の眼 [撮影]沢田教一 [編集]斉藤光政 [協力]沢田サタ

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2015年08月09日

[ジャンル]人文 社会

表紙画像

■「戦争とは」「生とは」を凝視

 私は「写真を見る」作法を知らない。だが、ずぶの素人である私が見ても、この本に収められた写真の名状しがたい「すごさ」は分かる気がする。そこには、ぎりぎりまで研ぎ澄まされた「生のすがた」が、ほんのちょっとしたきっかけで死の領域に転がり落ちかねない危うさをともなって写しこまれている。
 カメラマン沢田教一は1936(昭和11)年青森市生まれ。65年にライカとローライフレックスを携え、ベトナムに赴いた。戦場カメラマンは戦闘機や戦闘車両に同乗し、最前線に赴く。ベトナム戦争時は少佐待遇であったというからたいへん大事にされたわけだが、交戦相手の攻撃はもちろん斟酌(しんしゃく)してくれない。銃弾や爆撃や地雷で落命しても自己責任。命がいくつあっても足りぬ仕事である。
 綿密な取材を欠かさぬ沢田は、戦闘の大事な局面に必ず居合わせた。決定的なシーンを次々に撮影して、瞬く間に頭角を現していった。ピュリツァー賞を始めとする数々の栄誉に輝いて「世界のSAWADA」となった彼を、人は「死に神に見放された男」と呼んだ。けれども戦場を離れることを決めた矢先、銃撃に斃(たお)れる。34歳であった。
 本は3部構成をとる。1・3部はカラーで、多くは未発表のもの。ふるさと青森と、インドシナの平和な風景がそこにある。2部が戦場のモノクロ写真。戦争と平和というコントラストを見せながら、「人間が生きている」という点で両者は繋(つな)がっている。
 平和というのは戦争を準備するための期間をいう、という実にイヤな言葉がある。私たちの日本は戦争を放棄したからもうその言葉とは縁切りだ、と言ってやりたい。でも昨今の安保情勢を見ていると、人間は何かと戦い続けなければ平和を得られぬのだな、と痛感させられる。まさにそんな時期だけに、戦争とは何か、生とは何か、を凝視し続ける本書は必読である。
    ◇
 山川出版社・2700円/さいとう・みつまさ 東奥日報編集委員兼論説委員/さわだ・さた 沢田教一の妻。

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